空の教室
僕の熱弁をあっさりと、涼しい顔で高梨は流しきった。でもコイツの言葉は妙に納得できる。僕は「確かに」と力なく笑って、高梨のいる窓際へと向かう。
「雨、止まないな」
窓の外は、連日に渡って降り続いている雨がしとしとと音を立てている。
「早く止まないかな」
すると、携帯をいじっていた高梨の手が止まった。
「俺は結構好きだけどな。雨」
そう薄く笑って、高梨はまた携帯へと視線を落とした。コイツはたまにこういう笑い方をする。確かに笑っているのだが、その奥底ではとても寂しげな、切ない笑顔を。そしてコイツがこういう笑い方をする時は決まって『何か』あった時なのだった。
「高梨」
「うん?」
高梨は携帯のディスプレイに目を落としたまま応える。
「何かあった?」
「……別に」
僕は「そっか」と呟くようにして、窓枠に寄りかかり、反るようにして空を見上げた。高梨の表情は窺えなかった。
辺りはうっすらと暗くなり始めていたが、雨は相変わらずと言っていいほどに静かに、重く降り続いていた。
そう、重く、重く――
「あー……、この雨、早く止まないかな」
僕は何気なく呟いた。しかし意外なことに、この一言に高梨は反応を見せたのだった。
「今、何て言った?」
この時――僕が高梨の微々たる変化に気づいていれば、何か違う未来が待っていたかもしれない。なんて今から後悔しても遅い話なんだけれど。
「え?」
「今、何て言ったのかって」
高梨は、それでも携帯を手放さなかった。
「だから」
僕は少なからず、腹を立てていたのかもしれない。
「この雨、早く止まないかなって――」
――ドンッ。
瞬間、刹那、僕は胸の強い衝撃を受けて、自分の体が宙に浮くのを感じた。
窓から覗く高梨がどんどん遠く、上に消えていく。そしてようやく僕は、自分が落下しているということを回転の遅いアタマで理解する。
相変わらずと言っていいのか、高梨の表情はわからなかった。
――あ。
最後に僕の視界に入ってきたのは――
真っ青できれいに澄んだ青空と、空の教室だけだったんだ。