無音のココロ音
                   ♪

 それにしても、詩音が入った後の湯船に入るのも、セクハラに当たるのではないか? とか考えながら風呂から上がると、何かを手にしている詩音と目が合った。
「何……してんの?」
 詩音は慌てて何かを投げ出し、視線を泳がせた後、踵を返して浩太から視線を離した。
「どうした?」
 ペンが動き、切り離されたページが落とされる。
 歩み寄って取ろうとすると、それを察した詩音が距離を取るように前に数歩進んだ。
 本当にどうしたんだ、と怪訝に思いながら紙を拾い上げる。
『服着て お願い』
 お願いされずとも!
 浩太はやっと気付いて、応急処置としてバスタオルを腰に巻く。
 運の悪いことに、着替えを持って来るのを忘れていた。
 一人暮らしでは必要のなかった気遣いをしなくてはならないとは、本当に疲れる。
「よし、一時そのままだ」
急いで居間の方に走って行き、ズボンとTシャツを着用した。
「オッケイだ。何とかなったぞ」
『本当?』
「こんなところで嘘をついてどうする」
『知らない』
 詩音は居間に歩いて来て、紙を差し出してきた。
 受け取って見ると、
『さっきのは、何でもないから』
「さっきの?」
『お風呂場の前で』
「ああ、何かしてたな。あれ? そう言えば、あの時君が持ってたのって――――」
『それ以上言わないで』
 詩音がすごい剣幕で迫って来た。
「わ、わかった……」
 とりあえず返事をすると、詩音は俯いて離れ、『さっきのは、何でもないから』と書かれた紙をもう一度差し出してくる。
「わかったから。もう、大丈夫。気にしない」
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