無音のココロ音
「ふぁああ……。朝か。俺はいつの間に寝て……」
 思い出してベッドに目を向ける。
「あれ?いない」
 そこに寝ていたはずの詩音の姿はなく、枕元に置いていたメモ帳も姿を消していた。
 寝室を出ると、台所の方から、何やらいい匂いが漂ってきた。向かうと、やはりそこには詩音がいた。
「何してんの?」
 浩太が尋ねると、詩音は昨日ここに来た時と同じジーンズのお尻のポケットから、あのメモ帳を取り出した。共に手に取ったボールペンで何かを書き始める。書き終えると浩太に見えるように差し出した。
「なんだ?読むのか?」
 そこに綴られていた言葉は、衝撃を受けるのには十分すぎる内容だった。

『わたしは、話すことができません』

 理解できなかった。何だよ、それ………?
「話すって、言葉をか?声を発せないって意味か?」
 頷く詩音。信じられなかった。
「そんなの……冗談、だろ?」
 冗談ではない。
 そう語る少女の目に、思わず視線を逸らした。
 明日は嵐だな………
「わ、わかった。それは、よく言ってくれたな。勇気のいることだったと思う。ありがとな」
 話を逸らして別の話題に切り換える。
「それはそうと、こんなとこで何してたんだ?」
 また、何かを書いたメモ帳を差し出す詩音。そこには、『朝ごはん 卵焼き』と書かれていた。
「あ、ああ。作ってんのな。もう皿に上げた方がいいんじゃないか?焦げてるぞ?」
 それを聞いた詩音は、ものの見事に焦って、箸を掴むのも忘れて手を伸ばしてしまった。
「危ないっ」
 遅かった。素手でフライパンに触れた詩音は、反射的に手を引っ込めた。
「大丈夫か?冷やせよ。ほら」
 蛇口を捻って水を出す。詩音は迷わずそこに火傷した右手の指を当てた。
「急ぎすぎだろ。馬鹿だなあ―――」
 ドスッと腹部に、百合花の左腕が手加減なく振るわれた。浩太は苦痛に顔を歪める。
「女にしては力強いよな」
 そう言って詩音から離れた浩太は、卵焼きを皿に移した。
「もう、完全に炭だな。新しいの作り直すか」
 詩音は空いた左手で、置いたメモ帳に何か書いて浩太に見せた。
『すいません。実は作ったこと無くて。いつかは作れるようになります』
「はあ。またか」
 溜め息交じりに呟いた浩太に、首を傾げる詩音。
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