無音のココロ音
 最初は自分達だとは気付けずに、周りを見渡してみたが、無論、こんな時間に誰もいるはずなく、仕方なく声のした方に振り向いた。
「伊敷浩太だろ? その子は……七葉詩音さん、だな?」
 見た目は背の高い細身の美女、頭脳は口の悪い男性。
 知らない振りがしたくて堪らないが、この変人は、
「何か用ですか? 校長」
 校長先生であった。
「ふんっ、相変わらず嫌な奴だ。もう校長室には来ないでくれると嬉しいよ。それなら、何かおごってやってもいい」
 浩太は、いろいろと事情があって校長室にお世話になる機会が多々あるのであった。
 細部は語らない。
 語れない………
「そうですか。おごられなくてもいいので、これからも末長くよろしくお願いします」
「はんっ! お前みたいな奴は死ねばいい……」
 あんたは本当に教師か。だったらダメだろ、校長として。
 しかし、これがこの人の駄目に見えるところであり、いいところでもある。
 遠慮のない発言は、浩太にとっては逆に親しみやすく感じられた。
「そんなどうでもいいことより、今日は話があるんだ」
「何ですか」
「あんたにじゃない。クソガキが。用事があるのはそっちだ」
 そんな失礼な言葉と共に、校長が指差した方向を見る。
 大体予想はしていたが、浩太の後ろ。
 そこには、突然の指名に驚き、目を丸くして、しどろもどろになっている詩音がいた。
「七葉詩音。校長室に来い。そこで少し手続きがある。ガキは一人で教室に行け。そして遅刻した理由を担任に説明しろ」
 そう言った校長は、詩音に歩み寄り際、浩太に耳打ちをした。
「それと、この子のことは誰にも言うんじゃないよ? 死が怖かったらね」
 何? 言ったら殺されるの? 
「さあ、さっさと行け。遅刻した奴を見過ごすほど私は甘くないからね。後で校長室に来い」
「いやいや、せめて職員室だろ」
「いいから来い! クソガキが」
 ドンッと背中を押され、浩太は校舎に向かって走り出した。
 振り返ると、詩音と校長が話している。
 何でもいいけど、後で寮に空きがないか聞いてみよう。浩太はそう考えながら、階段を駆け上がり、暇を置かず、教室の前の扉を開けた。
「遅れましたー!」
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