ヒロイック美学
現場に着いた時にはすでに、列車は角が少し水面下に見えるだけで、あんな重い鉄の箱の中に水と一緒に閉じ込められた人間達が、まだ命を繋ぎ止められているとは、到底思えない有り様だった。
野次馬が多い。
皆、人が死ぬ瞬間を一目でも見たいのだろうか。
僕に気付いた1人が、詰め寄る。
「お前、ヒーローだろう!? どうして早く助けに来なかったんだ!!」
僕は、自分の中で僅か、そう、ほんの僅か、右手の小指の先程度、怒りが沸いたことに気付いた。
助ければどうして助けたと責められ、間に合わなければ、どうして早く助けに来なかったと責められる。
なんて理不尽だ。
「お前の役目は人を救うことだろう!? 何をやってたんだ!!」
救った人間に詰られ、殴られていた、なんて。
言えるわけもない。
「人を助ける事も出来ないなんて、ヒーロー失格だ!! お前は、ヒーロー、失格、なんだよ!!」
人を助ける事も、なんて。
それがどれだけ大変かもしらない、助けられる側が。
掴み捻られた襟元が息苦しい。
唾を撒き散らし吠える彼の顔には、人を心行くまで罵り啖呵を切る時特有の、あの何とも言えない気持ちの悪い快感に満たされている様が、窺えた。
「この、役立たず!!」
その瞬間に僕は、今までに体感したことのない思考の混濁と、何かが腹の奥で燃え盛るのを感じた。
そしてそれを、無意識下でも認めたのだ。