七色の糸(仮)
 安心してばかりはいられない。早く済ませないと誰かが来てしまう。

 しかし、間に合わなかった。

 数名の男子達の声が、トイレの空気を震わせた。ぼくは動きを止めた。



 目を瞑って必死に何事もなく過ぎ去ってくれることを祈ったが、そうはいかなかった。

「おい、誰かいるぞ!」

 声の主は、岸くんだった。足音が集まってくる。ぼくは情けない態勢のまま動くことができない。

「上原?」

 天井から岸くんのハスキーボイスが浴びせられる。頭の中は真っ白だった。

 その後、上から下から覗かれたようだが、あまりよく憶えていない。



気がつくと誰もいなくなっていて、辺りは恐ろしい程の静寂に包まれていた。午後の授業が始まっているようだった。



 ぼくは泣くことを忘れる程、ショックを受けていた。

 このまま学校を抜け出して逃げ帰りたい気持ちに襲われたが、それを実行に移す度胸は持ち合わせていなかった。

 ぼくは重い気持ちで、黒のズボンを引き上げた。


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