バンビ
この街は覚えている、夢の中を歩いているように、俺はリンダの手を握り締めてあの場所へ向かった。

「確かこっちだ・・・」

あそこならきっと二人きりでちゃんと話せるだろうと思った。

「どこ行くの?」

リンダがやっと俺に口をきいたと思った。

「哲学堂公園」



その場所に着くと、俺たちは桜の木の下のベンチに座って、やっと普通に話しだす。

「ここ昔、親父につれてきてもらった気がする。」

そうだ覚えてる、親父と二人きりで過ごしていたときのことを。
母さんが居なくて辛くて悲しくて、泣いてばかりいると、ここにつれてきて遊ばせてくれたんだ。

あの時の桜の花が綺麗だったなと思い出す。

桜の花は、リンダのようだなと思うんだ・・・だって出会ったときが桜の時期だったから。



「彼女ほんとにできたんだね、おめでとう。」

悲しそうにリンダがつぶやくので
「それ本心かよ?」

嘘だってすぐわかる。
大事なおもちゃを取られたような気持ちなんだろうな・・・ そんな風に思ってしまった。


「いいじゃん、私みたいな汚い女より、あんなに可愛いくて純潔そうな彼女が出来てさ。」

あの時と同じように言うんだな・・・

「あいつはそんなんじゃねーよ。」

モモはただの純情可憐なお嬢様じゃないんだ、もっとずっと強い。
いっぱい辛い思いをして、それでもずっと一途にビトを思ってた奴だ。



「リンダは汚くないよ、ずっと綺麗だよ。」

初めて会った時からそうだった、リンダの白い肌や長くて柔らかい髪や、甘い唇や・・・
すべてが愛おしくてたまらなかったんだ。

「ずっと思ってた、どんな男とやってるか知らないけど、リンダは何だか綺麗だなって。
親父ともそうだったんだろ・・・」

親父と不倫してたってかまわないと思った、母さんがどう思ってんのかわからなかったけど、母さんはそういうのも全部含めて許しているんだと思ってた。

俺は親父の代わりで、会えないときの都合のいいおもちゃ、それでいいと思っていた。



「鉄さんは尊敬してるけど、恋愛感情はないよ。ずっと昔から。
ただのファンだからね・・・」





今まできいたことのないその一言が、俺の思いを全部壊していく。
何でいまさらそれを言うんだよ。

「何だよそれ・・・」

俺がどんな思いで、リンダに会いに行っていたのか、知ってたくせに・・・


「エイジは綺麗だから、私にはつりあわない。」

それってどういう意味だよ?

「俺、ずっと好きだったんだぜ、ちゃんと言えなかったけど。」

「知ってるよ・・・」

俺だって知っててやってるってわかってたよ、だけど追いかけずにいられなかった、ずっと会いたいと恋しく思うたびに、悲しくて辛くてでもずっと求めてしまったんだ。

ただ好きだと、どんな関係でもいいから、好きだとそれだけ言って貰えたなら、俺はそれでよかったのに・・・


モモに好きだといわれたときに、その思いがあふれて、一気に世界が変わってしまったんだ。



「ずっと楽しかったな・・・エイジと一緒に居れて、今までありがとうね。」


枯れかけた桜の木を見上げながら、まるで満開の花でも見えているかのように、リンダは静かに笑って俺のすぐ隣に居る。


「俺もずっと楽しかったよ一緒にいるときは。別れるときはめっちゃ切なかったけど・・・」

なんでだろ?泣いてばかりいたな・・・我ながら女々しいガキだったと懐かしく思い出す。




ずっと横顔を見つめていたけれど、やっと俺の顔を見つめてくれて、リンダは一筋の涙を流した。


「初めてだな、リンダが泣いてるの・・・」

俺のために初めて泣いてくれているのかなと思ったら、やっと自分の気持ちが報われた気がした。



ああ、抱きしめたいと手を伸ばして、涙をぬぐってやると、リンダはそっと俺の手を振りほどく。






そうだ、もう俺たちは終わったんだ・・・

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