バンビ
彼女が泊まりにきてんのに、一人で何やってんだと自己嫌悪に陥りながら、汚れてしまった手を洗いに洗面所に無意識に行っていた。


モモはまだバスルームに入ったままで、いつもかぎなれてるはずのうちの石鹸のにおいがしていたけれど、それがモモが使っていると思うとやたら良い香りのような気がしてくる。


「エイジ君・・・」

風呂の方から、やたら艶っぽいモモの声が聞こえてくる。

ヤバイと思いながらも、とっさに「どうした?」って風呂の方に返事をしてしまったら、モモはびっくりしたようで急に水音がばしゃばしゃと激しくなって「え?な、なんでもないよ、どうしたの?」なんて答えてくれた。



まさか、モモも俺と似たようなことしてたんじゃって一瞬思ったら、またモヤモヤとしてきそうなので、慌ててそこを立ちさって自分の部屋に入る。



ああ、やっぱダメだ母さん居ても我慢できないし、どうしたもんかと思いながら、
落ち着かせるために親父のバンドのパンクアルバムを、自分の部屋で爆音で聞くことにした。

親父の歌声を聞くと、平常心になれる。
大好きなハードコアだけど、いつも聞いてる他のバンドみたいにわくわくドキドキ胸が高鳴ることはなく、どこかすっと落ち着かせてくれるような気がした。


そろそろ風呂から上がったかなと思って、布団を敷いた和室に見に行くと、モモはずっと本棚にあった写真集なんかを真剣に読んでいた。

「どうした?」
声をかけると、すぐに振り返ってくれて、ニコニコしながら写真集の表紙を俺に見せてくれる。

「これ、この前言ってた、セディショナリーズ?」

モモの横に胡坐を書いて、その本を手に取ると、そうだよって教えてあげる。

「そう、この人が俺の神様、ジョン・ライドン。」
真ん中で睨みつけるようにポーズをとっているその人を指差した、

「ジョニー・ロットンって描いてあるよ?」
そんな風に聞き返されるから、それはピズトルズ時代の芸名で、本名はこっちなんだって教えてあげる。

そういえば、ジョンの奥さんはだいぶ年上だったよな、なんて思い出したら、今頃レンはどうしてるかななんて気になってしまった。

よし、モモが隣に居ても大丈夫だなって思った瞬間彼女の顔を見ると、うっとりとした目で見つめ返してくるから、またやばいかもって・・・

「ああ、俺も風呂入ってくる。適当に本でも読んでて・・・」

そう言って風呂場に退散することにした。


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