実話〜頭文字(initial)─K─
実は、誰もいないと思っていたその場所には、僕の他にひとりの人間が居たのでした。
作業場の間を仕切る作業台に隠れて見えなかった、ある人影。
その人は、折りたたみ式の小さなイスに座って誰も居ない早朝の新車センターで……
ひとり背中を丸めて、携帯ゲームのテトリスをやっていました……
ピコッ…ピコピコッ
まだ、ケータイ電話の無料ゲームなんて無かった頃の話です。
その人がやっていたのは、当時小中学生の間で流行っていた、千円弱の値段で売っていたキーホルダータイプの携帯ゲームでした。
「あっ!クソッ!ズレた……」
(朝から何やってんだ……この人は……)
そのシュールな光景に戸惑いながらも、僕は思い切って背中越しにその人に声を掛けてみました。
「あのぅ……」
その人はゲームから目を離し、おもむろにこちらを振り向きました。
「ん?…誰だお前…?」
歳の頃は四十台後半から五十台前半、オールバックとリーゼントの中間のような髪型に、浅黒い顔、そしてその大きな顔とはなんともバランスの悪い小さな目……
それが、僕とKさんとの運命の出逢いの始まりでした……
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