あまいの。
─昔、経験したことがある。
空き地にポツンと不自然な段ボール箱。
覗きこむと中には、一匹の小さな子猫が入ってるんだ。
…捨て猫。もらってくださいって油性ペンで書いてある。
その子がね、つぶらな瞳で俺を見てくるわけ。でも俺はペットなんて飼えないわけで。
─もしも、目を背けたら。
「その子猫ちゃんは雨にうたれて、寂しく孤独に死んでいってしまうのかもしれない」
「…その猫、結局どうしたの?」
「内緒で育てて、母さんにどなられた」
「…ふふっ、そっか。…で、さっきからアンタは何が言いたいわけ?」
机に並ぶ互いのコーヒーは、もうすっかりなくなっていた。
口の中に、ほんのりとした苦味だけ残る。
彼女のまんまるい瞳。
その中で、おれがゆらゆら揺れている。
「もし…手をはなされたら寂しいし、」
「さっきも聞いた」
「一生ものの傷を受けるし、」
「…もうしつこい」
「…ひょっとしたら、死んでしまうかもしれない。」
「…だから?」