君を
1
…………今、なんて…?
聞こえ、ない。
聞き、たくない。
『誰?』
永久くん……?
『春、誰だ?』
隣の春さんと羽夏さんに本当に分からないというように聞いている。
『ちょ、あんた何言ってんのよ!冗談にしても質悪いわよっっっ』
羽夏さんの激昂も耳に膜が張ったみたいに遠い。
『永久、本当に分からないのか!?』
がくがくと包帯の巻かれた体を羽夏さんに揺さ振られてる。
『ぁっ…』
頭にも包帯が巻かれている。
心配になって思わず声が出てしまう。
その声に反応して向けられる視線。
他人を見る冷たい目。
今まで永久くんから向けられた事ない瞳。
体が震える。
じわり。
涙が溢れる。
『イテ~よ羽夏、てか本当誰なの?
知らない』
知ラナイ
気付いたら病室を飛び出していた。
涙が溢れて、溢れて止まらなかった。
急な運動にじくりじくり痛む足を引きながら階段の踊り場まで下りる。
目の前が暗くなる。
『はっ…ぁっ…』
両手で喉を押さえる。
息が上手く吸えない。
最上階の特別病室へ行く階段の踊り場は誰も来る訳がない。
無人の白く冷たい床に座り込む。
知ラナイ。
知ラナイ。
知ラナイ。
こだまする声が頭を揺さ振り目眩がする。
『透尚っっ』
慌てた羽夏さんの声と共に肩に手を掛けられる。
『永久まだ事故のショックが抜けてなくてボケてんのよっ!これから精密検査受けさせるからっ』
ぽんぽんと優しく背中をさすってくれる。
温かいてのひらに呼吸が落ち着く。
『治ったらソッコ-いっぱいご飯作ってもらってなんか高いもんでも買ってもらおうねっ』
力強く励ましてくれる。
一度しっかり目を閉じると深く息を吸い込む。
『ありがとう、羽夏さん』
精密検査を受けてすぐ治るとは限らない。
怪我もして、更に知らない人が部屋にいたら休めないよね。
『永久くんも疲れてると思うから、今日は、もう帰るね』
羽夏さんが何か言いかけたけど結局口を閉じて頷いてくれた。