ぼくたちは一生懸命な恋をしている
昔は、こんなんじゃなかった。
同じアパートに住んでる円香ちゃんは、可愛くて頼りになるお姉ちゃんみたいな子だった。

俺は他の子より成長が遅くて体が小さかったから、よく近所の悪ガキにいじめられてたんだ。そんなとき、いつも俺を助けてくれたのが円香ちゃんだった。体の大きい年上の男の子相手に、円香ちゃんは少しもひるまずに立ち向かって、いっさい手を出さず、いつも口だけで勝った。かっこよかったなぁ。そして、泣いてる俺に毎回言ってくれたんだ。

力が強くても優しくなきゃ意味がない、優しい隼くんのほうが素敵だよ、って。

弱くて情けない自分を肯定してくれる円香ちゃんは、間違いなくあのときの俺の支えだった。だから負けずにがんばろうと思えたのに。
あの優しい円香ちゃんは、どこに行っちゃったんだろう。

ため息をつきながら階段を下りてたら……コケた。最後の一段を見落としたみたい。尻もちをつきそうになって、とっさに後ろに手をついて受け身を取ると、仰向けで階段にはりついているみたいな格好になった。ヤバい、これはダサすぎる。

周囲を確認。よし、ちょうど誰もいなかった。ここが踊り場でよかった。廊下に面してたら絶対見られてたよ。

ほっとして体を起こしたら、手の平がじんじんしてきた。えっ、ウソ、血がにじんでるよ。左手の親指のつけ根、皮膚がめくれてる。自覚したら、すっごく痛くなってきた。

「……遠野のせいだ」

遠野が痛い目みるなんて縁起でもないこと言うから。わりと俺もドジだけどさ、これは遠野が悪いでしょ。うらめしく傷をなぞってると、にじんでた血が集まってぷっくりと大きな玉になってきた。このままだとしたたり落ちそう。保健室、行ったほうがいいかも。
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