ぼくたちは一生懸命な恋をしている
初めて隼くんから遊びの誘いを断られたのは、小学三年生になった春のことだった。
忘れもしない。「いまから新しいクラスの女の子たちと出かけるんだ」と屈託のない笑顔を向けられて、どれほどショックを受けたことか。


住んでいるアパートが隣同士で、お互い一人っ子だったこともあって、物心ついた頃から一緒にいるのが当たり前の存在だった。女の子みたいに小柄で可愛い隼くんは危なっかしくて、守ってあげなきゃ、って正義感がむくむくとわき上がってくる。私はお姫様を護る騎士のように振る舞った。まっすぐな瞳で頼られるのが何より嬉しかった。

隼くんは、とても臆病だった。人の負の感情に敏感で、察知するとすぐに泣いてしまう。でも、それは人のことをよく見ていて、気づくことができるってこと。だから、そのアンテナが悪い感情だけじゃなく良い感情にも向くように――こんなことまで幼い私の考えが及んでいたわけではなかったけれど、いつだって笑っていてほしくて――とにかく私は褒めた。隼くんは優しいね、って。

たぶん、それが失敗だった。

優しいと褒められる。褒められると嬉しい。だから優しくならなくちゃ。そう思ったのだろう隼くんは、怯えながらも誰にでも優しく接するように頑張っていた。
隼くんは可愛い。一度その魅力を知ってしまえば、みんなが隼くんを好きになって、仲良くなりたがる。隼くんは、それが嬉しくてしかたない様子だった。
優しいことは、良いことだ。でも、求められるままに答えようとするその健気さは、気がつけば、私の目にはただ媚びを売っているようにしか見えなくなっていた。隼くんの根っからの素直さが悪い方に転がってしまったのだと思う。

愛されるお姫様は、みんなと楽しく過ごすようになって、守られていた頃のことなんて忘れてしまったみたいだ。私は独りぼっちになった。でも、私は騎士だ。どんなことがあっても、そばで守り続けるのが使命。
私は隼くんを構い続けた。愛されるために甘い言葉ばかりを吐く彼の姿勢を、ときには厳しく叱ることもあった。自分を軽んじてほしくなかったから。すると、隼くんはだんだん私を避けるようになった。愛想笑いでごまかされるうちは、まだよかった。ずっと親しんできた可愛い顔が、次第に表情を失くしていって、ついに嫌悪を隠さなくなって。

「彼女が嫌がるから、あんまり話しかけないで」

とうとう突き放されてしまった、小学六年生の夏。すげなくされたことよりも、彼女、という単語が私を打ちのめした。思いがけず襲ってきた激しい胸の痛み。その意味を考えて、初めて自分が恋をしていたのだと自覚した。
耳年増なクラスメイトの女子に聞けば、そのときの彼女で五、六人目、初めて彼女ができたのは四年生のときだったらしい。

「私、てっきり遠野さんも元カノで、秋山君のこと諦めきれなくて追いかけてるんだと思ってた。まさか何も知らなかったとは思わなくて……誤解しててゴメンね」

そんなことを言われても、驚きすぎて悲しむこともできなかった。ただ、体が冷たくなって、何も考えられなくて。しばらくご飯が喉を通らずに、両親がずいぶん心配していた気がする。
これを機に、私は彼を名前で呼ぶことをやめた。
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