ぼくたちは一生懸命な恋をしている
5.あいり
もしかしたら、私はいじめられてるのかもしれない。
「あいりちゃーん。ガーゼ変えてくださーい」
すっかり覚えてしまった声に、ビクッとした。お昼休み、ニコニコと保健室に入ってきたこの男の子は、私が保健委員として初めて担当した利用者さん。先週ケガの手当てをしてあげてから、どうしてかわからないけど毎日ガーゼを取りかえに来てる。もう傷はほとんど治ってるのに。
「あいりちゃんってさ、休みの日は何してるの?」
そして、処置が終わってもなかなか帰ってくれない。お昼休みが終わるまで、こうしてずっと私に話しかけてくる。他に体調が悪い人やケガをした人がいたら仕事を邪魔してくることはないんだけど、そういうときはおとなしく座ってじーっとこっちを見てる。いつも笑顔なのが逆に恐い。恐いのに、今日は私たち以外に誰もいないから逃げられない。
「ねぇねぇ、教えて」
「うぅ……最近は、晴れたらお布団を干したり、お掃除したりしてます」
「え、あいりちゃん主婦なの?」
言われてみれば、そうかもしれない。
「一人暮らしじゃないんでしょ?お母さんは仕事が忙しい人なんだ?」
「お母さんはお父さんと一緒に外国に行ってて」
「外国?いーなぁ、海外旅行」
「違います、あの、移住したので」
「はっ?移住!?初耳なんだけど」
公表してないんじゃないの、それ。と、慌てた様子で聞かれて首をかしげる。誰にも言っちゃダメ、なんて言われてないけどなぁ。
「わかった。あいりちゃんと話すことは、ぜんぶ俺の心の中だけに留めておくから」
「はぁ、ありがとうございます……?」
悪い人じゃないみたいだけど。この人が何をしたいのか、よくわからない。
ふと、にぎやかな笑い声に誘われて窓の外を見てみたら、渡り廊下をキレイな黒髪の女の子が歩いてた。まっすぐサラサラでうらやましいな。私は少しクセ毛だから……あれ?あの子はたしか同じクラスの。
「遠野さんだ」
「えっ!?」
男の子が急に立ち上がって、びっくりした。
「どこ!?」
すごくあせった顔で聞いてくるから、外を指さす。あ、遠野さん、こっちに来てる。
「ヤバい、隠れなきゃ!」
具合が悪い人のためのベッドに飛び乗った男の子は、急いで目隠し用のカーテンを閉め切ってしまった。あぁ、上靴は脱がなきゃダメなのに、なんてことを!あとでシーツを変えないと。
目を白黒させていたら、ノックが聞こえてドアが開いた。
「失礼します。お仕事お疲れ様、百瀬さん」
凛とした声の遠野さんは、スラリとした美人さん。たまに話しかけてくれる優しい人。だけど、いつもキリッとしてて、面と向かうと少し緊張してしまう。
「どどどうも、です」
ギクシャクしてる私をとくに気にする様子もなく、遠野さんはたずねてきた。
「突然だけど、秋山隼がどこにいるか知らない?」
「あきやま……?」
がんばって記憶をたどってみる。同じクラスにはいないし、うーん。
「聞いたことないです。どんな人ですか?」
探してるなら手伝ったほうがいいのかな。心配になったけど、遠野さんは少し考えて。
「知らないならいいの。お邪魔してごめんね」
と、あっさり出て行ってしまった。なんだったんだろう。
不思議に思ってると、カーテンが開いて、男の子が胸をなでおろしながら出てきた。
「あっぶなかったぁ。あいりちゃん、マジでナイスフォローだったよ。ありがとう!」
私、感謝されるようなことしてないけど……と思う間もなく、閉まったばかりのドアが勢いよく開いた。
「やっぱりここにいた、秋山!」
「うわっ!?なんで、ちょっと待って……!」
出て行ったはずの遠野さんがまた現れて、ベッドの上にいる男の子にずんずん迫っていく。私は、ただぽかんとしてその様子を見ていた。
「あいりちゃーん。ガーゼ変えてくださーい」
すっかり覚えてしまった声に、ビクッとした。お昼休み、ニコニコと保健室に入ってきたこの男の子は、私が保健委員として初めて担当した利用者さん。先週ケガの手当てをしてあげてから、どうしてかわからないけど毎日ガーゼを取りかえに来てる。もう傷はほとんど治ってるのに。
「あいりちゃんってさ、休みの日は何してるの?」
そして、処置が終わってもなかなか帰ってくれない。お昼休みが終わるまで、こうしてずっと私に話しかけてくる。他に体調が悪い人やケガをした人がいたら仕事を邪魔してくることはないんだけど、そういうときはおとなしく座ってじーっとこっちを見てる。いつも笑顔なのが逆に恐い。恐いのに、今日は私たち以外に誰もいないから逃げられない。
「ねぇねぇ、教えて」
「うぅ……最近は、晴れたらお布団を干したり、お掃除したりしてます」
「え、あいりちゃん主婦なの?」
言われてみれば、そうかもしれない。
「一人暮らしじゃないんでしょ?お母さんは仕事が忙しい人なんだ?」
「お母さんはお父さんと一緒に外国に行ってて」
「外国?いーなぁ、海外旅行」
「違います、あの、移住したので」
「はっ?移住!?初耳なんだけど」
公表してないんじゃないの、それ。と、慌てた様子で聞かれて首をかしげる。誰にも言っちゃダメ、なんて言われてないけどなぁ。
「わかった。あいりちゃんと話すことは、ぜんぶ俺の心の中だけに留めておくから」
「はぁ、ありがとうございます……?」
悪い人じゃないみたいだけど。この人が何をしたいのか、よくわからない。
ふと、にぎやかな笑い声に誘われて窓の外を見てみたら、渡り廊下をキレイな黒髪の女の子が歩いてた。まっすぐサラサラでうらやましいな。私は少しクセ毛だから……あれ?あの子はたしか同じクラスの。
「遠野さんだ」
「えっ!?」
男の子が急に立ち上がって、びっくりした。
「どこ!?」
すごくあせった顔で聞いてくるから、外を指さす。あ、遠野さん、こっちに来てる。
「ヤバい、隠れなきゃ!」
具合が悪い人のためのベッドに飛び乗った男の子は、急いで目隠し用のカーテンを閉め切ってしまった。あぁ、上靴は脱がなきゃダメなのに、なんてことを!あとでシーツを変えないと。
目を白黒させていたら、ノックが聞こえてドアが開いた。
「失礼します。お仕事お疲れ様、百瀬さん」
凛とした声の遠野さんは、スラリとした美人さん。たまに話しかけてくれる優しい人。だけど、いつもキリッとしてて、面と向かうと少し緊張してしまう。
「どどどうも、です」
ギクシャクしてる私をとくに気にする様子もなく、遠野さんはたずねてきた。
「突然だけど、秋山隼がどこにいるか知らない?」
「あきやま……?」
がんばって記憶をたどってみる。同じクラスにはいないし、うーん。
「聞いたことないです。どんな人ですか?」
探してるなら手伝ったほうがいいのかな。心配になったけど、遠野さんは少し考えて。
「知らないならいいの。お邪魔してごめんね」
と、あっさり出て行ってしまった。なんだったんだろう。
不思議に思ってると、カーテンが開いて、男の子が胸をなでおろしながら出てきた。
「あっぶなかったぁ。あいりちゃん、マジでナイスフォローだったよ。ありがとう!」
私、感謝されるようなことしてないけど……と思う間もなく、閉まったばかりのドアが勢いよく開いた。
「やっぱりここにいた、秋山!」
「うわっ!?なんで、ちょっと待って……!」
出て行ったはずの遠野さんがまた現れて、ベッドの上にいる男の子にずんずん迫っていく。私は、ただぽかんとしてその様子を見ていた。