ぼくたちは一生懸命な恋をしている
地に足がつかない。仕事へのプライドだけがオレをまっすぐに立たせている。あんなに広かった視野が、今はただ一点しか映してくれなくて頭が働かない。もう撮影は始まっているというのに。
セイラ。
こんなに美しい人を、オレは見たことがない。あなたのような人が、どうしてカメラを向ける側にいるのか。そのレンズに映るべきはオレじゃなくあなただ。もどかしい。

二、三度ポーズを変えたところで、セイラがカメラを下ろした。おいで、と手招きされて、夢のようにふらりと近づいていく。促された先には、一台のノートパソコン。撮影したデータをリアルタイムで確認するためのものだ。画面には撮りたての数枚の画像が並んでいる。よくよくのぞきこんでみて、ぎょっとした。
誰だ、これは。

「こんなに物欲しそうな顔をされては困ります」

ちっとも困ったふうでない鷹揚な口調でセイラが指摘してくれたように、オレはとんでもない顔をしていた。直視できなくて目を逸らす。
あまりの衝撃に我に返って周囲をうかがうと、誰もが気まずそうに視線を泳がせていた。

「あなたを見た女の子にこういう顔をしてもらいたいんです」

細い指がするりと肩をなでていった。一瞬だったのに、触れられたところに甘い痺れがとどまって心拍数が上がる。目を合わせると、複雑に絡み合ういくつもの紫をたたえた虹彩に見惚れた。

「女の子を虜にするような表情、できるでしょう?」

小首をかしげ見上げてくる、その仕草に胸が高鳴る。
もう言い訳できない。する意味がない。こうなったら、開き直ってしまえ!

「分かった。あなたを落とせばいいんだね」

挑発的に口の端をつりあげてみせたつもりだったのに、セイラは言葉を覚えたばかりの赤ん坊を見るような目で穏やかに笑った。

「そう、その調子です」


それからは、もう夢中だった。セイラが求めるのはオレが今まで培ってきた技術では表現できない表情ばかりで、なんとか答えようと自分の中にある引き出しを全部ひっくり返して追いすがる。正直、落とすとか落とせないとか考えている暇もなかった。予定していた五着分の撮影が終わるころには、オレは消耗して息も絶え絶え。一方で、セイラの顔色が変わることは一度もなかった。

初めてだ。こんな、必死になったことも、力が及ばないと感じたことも。
誰かに焦がれることも。
生まれて初めてだ。
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