ぼくたちは一生懸命な恋をしている
「お疲れ様です」
最後のカットが終わると同時にセットの中で膝をついてしまったオレのもとに、セイラがやって来た。
「とても良かったですよ」
ほら、と向けられた視線の先では、編集部の女性が「売れる……これは売れるわ……!」とひとりでガッツポーズしている。それはそれでいいけれど。
「でも、セイラを落とせなかった」
余裕がなくて、いじけた顔を取りつくろえない。格好悪い。うつむいたままのオレに、静かな声が降ってくる。
「あなたが思っているより成果は上々ですよ」
「なぐさめてくれなくてもいいって」
「素直に受け取ってください。今日はいろんなあなたを覗けて楽しかった。いつもの胡散臭い笑顔しか見せてくれないようでしたら、その鼻っ柱だけへし折って見限ってしまおうと思っていたんですけれど」
空耳、だろうか。その綺麗な唇にはまったく似合わない言葉が聞こえた気がする。
「待って。今、何て……?」
「あなたのことが気に食わなかった、と言いました」
愕然、とはこういうことなのだろう。誰からといわず、面と向かって、ここまではっきりと百瀬かなでを否定される事態など想像したこともなかった。
「でも今日で印象が変わりました。いつもの媚びた作り笑顔より、年相応に本音をつくろえない表情のほうが、うんと魅力的でしたよ。そんなあなたなら、もっと撮ってみたい」
ショックを受ければいいのか、喜べばいいのか。どうしたらいいのか分からなくて、答えを求めて顔を上げれば、不意打ちでシャッターを切られた。
「可愛い顔。次も、よろしくお願いしますね」
人の心をえぐって掻き乱しておきながら、それでもセイラ自身は凪いだ海のように穏やかで、見惚れるほど美しかった。去っていく、その後ろ姿までも。
「かなで君、大丈夫?」
相川さんが駆け寄ってきた。きっと会話が終わるのを待っていてくれたのだろう。座りこんだままのオレの背をなでて心配そうにのぞきこんでくる。安心させてあげたいのに、すっかり惚けている頭では上手い台詞が見つからない。
「よく頑張ったね。今日の経験は絶対にかなで君の糧になるよ。それから、こんなことを言うのは野暮かもしれないけど」
少し、ためらいの息継ぎがあった。
「セイラさんは、男性だからね」
言い切った相川さんは、どこか申し訳なさそうにしている。
「そうなんだ」
オレはぽつりとつぶやいて、光の中を漂う無数の塵がきらめくのを眺めた。
「男だからね。分かってる?」
「うん」
「かなで君と同じ、男なんだよ」
「ちゃんと聞こえてますよ」
何を言いたいのかは分かる。自分でも驚いているのだ。
今のオレは、いつものオレじゃない。それでも、そのうち正気に戻ったとして、セイラの性別が問題でないことは変わらない気がする。
これまでの自分を全否定されたのに、心が折れるどころか、次から次へと喜びがこみあげてきて叫び出したくなる。胸が熱い。まるで世界が違って見える。
オレは、あの美しい人に恋をした。
相川さんが頭を抱えている。大丈夫だ。母さんならきっと好奇心に目をらんらんとさせてオレの初恋を面白がってくれるに違いない。