ぼくたちは一生懸命な恋をしている
8.円香
初めて夏服に袖を通した今日は、長かった保健委員の当番からようやく解放されたあいりちゃんと一緒に中庭ランチデビューをする日。青々と茂る木の葉が初夏の強い日差しをさえぎってくれる涼しいベンチに座って、それぞれお弁当を広げる。隣をのぞくと、冷凍食品ばかり詰めてきた私のそれとは比べ物にならないほど温かみのある料理の数々が目に飛びこんできた。

「もしかして、これ全部あいりちゃんの手作り?」

「たいしたものは入ってないけど……」

いや、たいしたものでしょう。唐揚げ、エビとブロッコリーの炒め物、卵焼き、ミニトマト、ほうれん草のピーナッツあえ……気取ったところがない分、手慣れていることが分かるラインナップだ。

「あの、よかったら、おかずの交換する?」

おずおずと提案されて、見つめすぎていたことに気がついた。

「ごめんなさい、はしたなくて。おいしそうだったから、つい」

「ち、違う、私がしたいの!お友だちとお弁当のおかずを交換するの、一度やってみたくて……」

ここまで言われては遠慮するのも気が引ける。互いのお弁当を見比べて、メニューの被っていた唐揚げを交換することにした。
あいりちゃんの唐揚げは、冷めていても柔らかくて、しっかり味がついているからご飯が進む。こんなおいしい手作りを食べさせてもらったのに、出来合いしか提供できなくて申し訳ない。でも、あいりちゃんは自然解凍でふにゃふにゃになった私の唐揚げを頬張って、うっとり満足そうに言うのだ。

「夢がかなったぁ……」

友だちになってからというもの、とたんにこういう人懐っこい一面を見せてくれるようになって困っている。可愛くて、どんどん好きになってしまう。

あいりちゃんと過ごしていて分かったことがある。この子は、自分へ向けられる好意にあまりにも鈍感だ。きっと家族が優秀すぎるために染みついた劣等感のせいで自己評価が低いのだ。だから他人に好かれる可能性を信じることができない。はっきりと言葉にしてあげなければ、自信のない控えめな心には正しく届かない。秋山のアピールがことごとく効かないのは、そういうことだ。いくら雰囲気で訴えても相手に伝わらなければ、ただつきまとっているのと一緒。私があいりちゃんと友だちになれたのは、偶然にも「友だちになろう」と言葉にしたおかげだったけれど、なぜそういうことを言ったのかといえば、私も友だちを作るのがヘタな人間だからだ。

あいりちゃんは、私と秋山が初めての友だちだと言った。私もそんなものだと思う。ひとりぼっちだったわけじゃない。いろんな人との付き合いはあった。ただ秋山より他の人を特別にする心の余白が今までなかった。
友だちって、いいものだったんだ。そう思えるのは、きっと相手があいりちゃんだからだ。それもきちんと言葉にして伝えたら、嬉しそうに頬を色づかせて、そっと卵焼きをくれた。明日、私も卵焼きを作ってお返しをしようと思う。
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