ぼくたちは一生懸命な恋をしている
誤解だ。オレは悪くない。
たったそれだけのことが言えなかった。なぜ。オレは以前にも増して悶々とするはめになった。
外で平気な顔をしている分、家では疲れが出る。帰宅して制服のままベッドに横たわり目を閉じても、ぐるぐると思い悩んで時間が過ぎ、そのうち明るい声がオレに飯の時間を知らせた。
テーブルにはエビフライに唐揚げ、ポテトサラダ、クラムチャウダー、やたらとご機嫌なメニューが並んでいた。駿河が「今日はパーティーかな?」と笑っていたのだが、その和やかなムードは食後のあいりの発言で一変した。
「あのね、夏休みに友だちと旅行することになったの」
笑顔のまま、駿河が固まった。
オレも、もやがかかっていた視界が突風で開けた気分だ。待ってくれ。
「友だちって、誰だ」
「決まってるでしょ、円香ちゃんと隼くんだよ」
「旅行って、まさか泊りがけじゃねぇだろうな」
「え?お泊りする予定だけど」
さも当然と言わんばかりに首をかしげやがった。
ふざけるな。
「そんなもん、行っていいわけねぇだろーが!」
本気で怒鳴ったオレを、間抜けなツラが見上げている。まったく状況が分かっていないようだ。
「男と外泊するのがどういうことか知らねぇのか!?」
「だ、だって……円香ちゃんもいるし……」
「関係ねぇよ!この際だから言うが、あの男、ぜってー信用ならねぇヤツだからな!」
「ひどい!隼くんは良い人だよ!」
「どこが!」
「やさしいし、楽しいし、それにちょっとかなでに似てるもん」
「なっ……あんなヤツと一緒にすんな、気色わりぃ!」
「二人とも、やめなさい」
穏やかな声が、オレたち兄妹のやかましい応酬の中、かえって際立って響いた。静けさを取り戻したダイニングが、ピリッと張りつめる。駿河は怒っている。たぶん、オレなんかよりずっと。
「あいちゃんに仲の良い友だちができたことは俺も嬉しく思ってるよ。でも、旅行はダメだ。隼君を悪く言ってるんじゃない。男の子と一緒だという状況がダメなんだ。おじさんと涼子さんから大切な君たちを預かってる以上、旅行を許すことはできないよ」
完璧な保護者のセリフ。それとは対照的に、横取りされてたまるか、そんな声が聞こえてきそうなほどに熱い視線は、オレの不安を少しやわらげた。駿河の中には、オレと同じ熱がちゃんとある。
そうだよ。あいり、お前には駿河がいるだろう。あんな女癖が悪いと評判のクソ野郎なんかに惑わされるな。
でも、あいりは人を疑うことを知らない。だからオレたちの心配をくみ取ることができない。反対されるなんて思っていなかったのだろう、驚きに見開かれた目には次第に涙が浮かんで、いっぱいになって、ついにぽろぽろとこぼれ落ちた。友人を否定されて傷ついている。それでも、あいりは人を疑うことと同様に、自分の意思を押し通すこともまた知らないのだ。
「……ごめん、なさい」
飲みこんだ言葉の分だけ涙を流す、その姿は可哀想だが、しかたない。理解できないなら抑えつけるしかない。すべては、あいりを守るためだ。