ぼくたちは一生懸命な恋をしている
ぽつぽつと語られたのは、俺が予想したとおりの内容だった。

「ほんとにごめんね。きっと駿河くんは隼くんのこと誤解してる。隼くんはいい人だって、私がちゃんと伝えられなかったから、駿河くんは許してくれなかったんだと思う。私が悪いの」

白いカップを両手でぎゅっと包んでうつむくあいりちゃんの目に、じんわりと涙が浮かんでる。
あのね。誤解してるのは、あいりちゃんのほうだよ。俺には下心がある。いくらふたりきりじゃないからって高校生の男女が旅行するって、そういうことを勘ぐられてもしかたないのに。

「俺のこと、信じてくれてるんだね」

複雑な気持ちでつぶやけば、まっすぐな答えが返ってきた。

「だって、友だちだから」

まぶしい信頼。あいりちゃんは、ほんとにイイ子だ。だからこそ、この世間知らずが痛々しい。大切にされすぎて、危険を察知するセンサーが機能しなくなってる。
ダメじゃないか、駿河君。単純に可愛がりすぎた結果なのか、囲いこむための作戦なのか、その真意は知らないけどさ。ほんとに大切に思ってるなら、男はやらしいことばかり考えてるって、ちゃんと教えておかないと。

「ねぇ、あいりちゃん。駿河君って、あいりちゃんにとってなに?」

「え……?」

「あいりちゃんと俺は、友だちでしょ。じゃあ、あいりちゃんと駿河君は、なんなのかなって」

「駿河くんは……大切な人、だよ。すごく、すごく大切な人」

「大切って言ってもいろいろあるよね。家族とか、友だちとか……恋人とかさ」

最後の単語に、眼鏡の奥の瞳が揺らいだ。確かめるまでもない、あいりちゃんは駿河君のことが好きなんだね。
でも残念。その恋はかなわないよ。

「もちろん家族じゃないよね。かといって話を聞いてると友だちって感じでもない。身近で大切っていったら、あとはもう恋人くらいだけど。駿河君っていくつだっけ」

「丈司お兄ちゃんと一緒だから、二十五歳……」

「うわぁ、俺らと十歳も違うじゃん!二十代半ばなんて、結婚とか考えはじめててもおかしくない年だよ。大人だもんね。俺たちのことなんて視界にも入らないだろうから、恋人はありえないね」

「ありえない……?」

「だって、そうでしょ。大人が子どもに手を出したら犯罪だよ。まともな人なら思いつきもしないって。そもそも、駿河君はあいりちゃんのこと、どう思ってるのかな。カワイイ妹?それとも娘?まさか、いやらしい目で見てたりしないよね」

「そ、そんなことあるわけないよ!」

「だよねー。よかった、あいりちゃんの大切な人が変態じゃなくて。あぁ、そっか。わかったよ。駿河君は、あいりちゃんの保護者なんだ」

「保護者……」

「そう、保護者。しっくりくるでしょ?面倒をみてくれて、守ってくれる、絶対安全な大人。イイ人だね、駿河君は。血のつながらない子どもを二人も世話するなんて、なかなかできないことだよ。恋人だって家に呼べないだろうし、きっと大変だろうなー」

「私、ずっと……迷惑、かけてたのかな」

「どうかなぁ。大人のことは大人にしかわからないよね。でも、俺ならあいりちゃんのことわかってあげられるよ。友だちとの旅行を反対されて傷ついてるあいりちゃんの気持ち、よくわかる」

「隼くん……」

「あいりちゃんの気持ちにいちばん寄り添える自信があるよ。ねぇ、あいりちゃん。俺たち、きっと友だち以上になれると思うんだ。俺、あいりちゃんのことが好きだから」

なんにも知らない、可哀想な子。
絶望に染まってた瞳が、すがるように俺をとらえる。

「恋人になろうよ。ぜったい大切にするから」

ほら、簡単にうなずいちゃった。
こんなことになったのは、誰のせいだろうね。
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