ぼくたちは一生懸命な恋をしている
夜道で街灯に照らされていたのは、ハンパなく背が高くて、嘘みたいに足が長くて、一般人とはとても思えないスタイルの超絶イケメンだった。なるほど、俺なんかが数回会っただけで覚えてもらえるわけがなかったんだ。あいりちゃんの周りには、規格外に美しい人間が多すぎる。

なんとなく、こうして待ち構えてるんじゃないかって予感はしてた。だから覚悟してたつもりだったんだけど、ここまでの男を相手にする覚悟は、正直なかった。でも、そんなこと言ってられない。俺はあいりちゃんの彼氏として、このイケメンがただの保護者なのか、ライバルなのか、ほんとのところを確かめないといけない。

歩道とマンションの敷地をへだてるフェンスに背中をあずけて腕を組んでいた駿河君は、俺たちが充分に近づいてくるのを待って、こちらを向いた。その目はあいりちゃんしか見てない。

「何度も連絡したよね?どうして返事をくれなかったの」

低いのによく通る甘い声。表情もやわらかいのに、ビリビリとした空気を感じる。おびえるあいりちゃんが、まごつきながらようやくスマホを取り出して確認してみれば、なんと電源が切れてたみたい。
駿河君の大きなため息に、あいりちゃんが震えあがる。ここで黙ってちゃ男がすたる、ってもんでしょ。一歩前に出て、あいりちゃんをかばうように肩で隠して、俺は言った。

「あいりちゃんを怒らないでください。俺があいりちゃんを連れ回したんです」

「君は誰かな?」

はじめて目が合った。間髪入れない質問が恐い、笑顔がめっちゃ恐い、けど負けない。なにか言いたそうなあいりちゃんを笑顔で制して、駿河君とまっすぐに向き合う。

「俺は秋山隼って言います」

「秋山君。もう十時近いんだよ。女の子をこんな時間まで連れ回すなんて、どう思われるか分かってるのかな」

「軽率でした。申し訳ありません。浮かれてしまったんです、あいりちゃんと気持ちが通じ合ったので」

嘘。通じ合ってない。でも、あいりちゃんは通じ合ってないことすら気づいてないし、強引に押し切れば流されてくれる。
駿河君の表情は変わらず冷静だ。さて、どう出る?

「あいりちゃんと、お付き合いさせてください!」

深々と頭を下げて、返事を待つ。
怒る?あきれる?それとも……

沈黙は、長かった。ずっと下げてる頭に血が上っておでこがじんじんしてきたころ、やっと駿河君が口を開いた。

「……付き合うかどうかは、あいちゃんの自由だよ」

おそるおそる顔を上げると、さっきと変わらない、ひたすら整った顔があった。
肩越しに、あいりちゃんの息をのむ気配がする。きっと、反対されなかったことに傷ついてる。失恋したと、思ってるかもしれない。

「ただし、付き合うのなら約束を守ってくれるかな」

「約束、ですか?」

「門限は六時。今日みたいなことは許さないよ」

「は、はい。ぜったい守ります」

とっさに返事ができた自分を褒めたい。
内心、ドン引きだよ!門限六時って小学生レベルじゃん、そんなんじゃ部活もまともにできないって!エキセントリックなことを平然と言ってのけるところを見るに、このイケメンは間違いなくあいりちゃんから聞く駿河君だ。まざまざと思い知らされた。俺は試されてるんだろうか。

「じゃあ、もう遅いから気をつけてね」

同姓でも見とれてしまうくらい洗練されてる立ち居振る舞いにトゲがごまかされてるけど、ようは早く帰れってことですね。
沈んだようすのあいりちゃんが気がかり。きっとこれからひとりで泣くんだろうな。可哀想に。後ろ髪を引かれても、今日のところは引き下がるしかなかった。


実際に駿河君と会ってみて思った。あれだけの男なら、あいりちゃんの気持ちには気づいてるはず。なのに、それに答えるでもなく、手元に置いて、あいりちゃんを管理しようとしてる。
いったい駿河君は、あいりちゃんをどうするつもりなの?
あきらかに俺が信用されてなかったように、俺だって駿河君を信用できない。あんな食えない大人は、あいりちゃんには荷が重すぎる。

俺のほうが、あいりちゃんにふさわしい。そうに決まってる。だから、あいりちゃんは俺を好きになるべきだ。
ぜったい、好きにさせてみせる。
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