ぼくたちは一生懸命な恋をしている
18.かなで
足りない自分を受け入れる。その先にセイラの見たいオレがいる。
どうすれば変われるのか、何もかもが手探りの日々。
オレは、まず自分を疑うことにした。思い返せば、オレはいつも自分の価値観で物事を決めつけて、人の意見に耳を貸すことがなかった。自分が一番正しいと思っていたから。


「この中なら、表情はどれがいい?」

撮影が始まってほんの数分でカットの確認をはじめたオレに、周囲がざわついた。セイラだけが、とくに驚いた様子もなくノートパソコンの画面を指さして答えてくれる。

「表情だけなら、これですね。でも全身を抜くんだったら……こちらのほうがいいんじゃないですか。衣装が映えます」

「わかった。じゃあ、次はこの表情とポーズでやってみる」

修正して撮影に挑んで、また確認する。

「どう?今の」

「狙いすぎて変な顔になってます。やりなおし」

「そ、そうか。これはやりすぎなんだ……」

何度も繰り返すうちに、次第に周りのスタッフも意見を出してくれるようになった。
良いと思うカット、気に食わないカット、具体的に聞いてみて初めて多様な価値観があることを知る。そのすべてにはこれまでにない可能性があって、試してみると意外な成果が得られたりする。かと思えばあり得ない失敗もあるけれど、それを恥ずかしいと感じずにいられるのは、みんながオレと同じように一喜一憂して真剣に取り組んでくれるからだ。

「何度も会ってるはずなのに、今日初めてかなで君と会話できた気がする」

そう何気なくこぼしたスタッフの額には、充実の証と言わんばかりの汗がにじんでいる。生き生きとした表情に、オレに対してこんなにも熱い思いを抱いてくれていたのだと気づかされる。この情熱を、オレは今まで素通りしてきたのだ。
もったいない。純粋に、そう思った。
オレはカメラに向かって、セイラはシャッターを切る。活気ある声が飛び交う。間違いなく、オレの人生の中で一番楽しい仕事だった。
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