ぼくたちは一生懸命な恋をしている
ただ、楽しいのと仕事の出来は別物で。

「はぁ~やっぱヘタクソだな~、見たくないなぁ~」

控室の机に突っ伏して、パソコンの画面から目を背ける。理解しはじめてはいるのだ。今日の写真が誌面に載れば、きっとまたたくさんの人が喜んでくれるのだろう、と。でも撮影を終えて冷静な頭で結果を振り返ってみると、まだ根付いている感覚が、完璧とかけ離れた自分の姿に拒否反応を起こしてしまう。つらい。
ぐずっていると、スタジオで機材の片づけを終えたセイラがやって来た。

「これまで調子に乗ってきた罰ですよ。甘んじて受け入れなさい」

「受け入れなきゃいけないものがいっぱいで、もう入らない」

「そのいらない自尊心や傲慢さを捨てれば、まだたくさん入るでしょう」

「ごもっともだから今戦ってるんだよ!」

「良い子ですね、せいぜい励みなさい。それはそれとして、そろそろ撤収しますのでパソコンを返してください」

良い子、に反応して顔を上げる。セイラがクスッと笑う。ちくしょう、好きだ。
早く、と差し出された右手に、パソコンを差し出そうとして。

「セイラ……これ……」

真っ白な掌の真ん中、引きつれた皮膚に覆われた丸いへこみがある。たいした傷跡ではないのに、どこもかしこも美しい人だから、思いがけなくて絶句してしまった。

「あぁ、これですか?」

セイラは事もなげに掌を見やって言う。

「古い傷です。子どものころにペンで刺してしまって」

「そうなんだ……もう、気をつけてよ。大切な体なんだから」

「気をつけろと言われても、自分でやったので、なんとも」

「はっ?」

つい、低い声が出た。どうしてセイラが不思議そうにしているのか。首をかしげたいのはオレのほうだ。

「自分でやったって、どういうこと?」

立ち上がって詰め寄るオレに、セイラは淡々と語った。

「わたし、物心ついたころから世界を切り取りたかったんです。世界ってうつくしいじゃないですか。だから絵を描いてみたんですけど、刻々と変わる景色に手が追いつかなくて。歯がゆくて、思い通りに動かない自分の手をお仕置きしてしまったんです。それを見かねた父がカメラを与えてくれて、わたしはようやくこの世に生まれて来られたような気がしました」

愛しげに傷跡をなぞるセイラにとって、この壮絶なエピソードは何てことない当たり前の歴史なのだ。常人の理解の範疇を軽々と超えていく、自由で貪欲な人。
オレの親父も、そういう人だ。

「こんなキズモノで、がっかりしましたか?」

完璧主義ですものね、あなた。と傷跡を見せつけられて、オレをがんじがらめにしている鎖がひとつ外れた気がした。
こういう計り知れない人に、才能に、本当はずっと憧れていたのだ。

「いや……うらやましい、かな」

傷跡に触れると、存外つるりとしていて綺麗だ。

「うらやましいなら手を伸ばせばいいだけです。でも、かなでは自分の体を傷つけちゃいけませんよ。けっこう痛いので」

オレの手をそっと包みこんでいたずらっぽく笑うセイラを、オレはまた好きになる。
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