ぼくたちは一生懸命な恋をしている
「いらっしゃーい。待ってたよ」

出迎えてくれたマリアさんは、あいかわらずとびきりの美人で心が潤う。
百瀬家にお邪魔するのは、これで三度目。この豪邸に、俺はまだビビってしまう。

「おじゃまします。今日は俺が掃除とか洗濯を手伝って、あいりちゃんは」

「お料理の作り置きをします!」

「やったー!ありがとう、ほんと助かる」

手を叩いてよろこぶマリアさんは、旅行のときと比べてずいぶんお腹が目立つようになった。この広すぎる家に妊婦さんひとりでは大変だろうと、家事の手伝いを買って出たやさしいあいりちゃんにオレが強引に引っ付いて来たのが事のはじまり。いつも遠野と一緒は嫌だからね。

しかし、おどろいた。あの高級マンションに住みつつ、隣町にもこんなに立派な実家があるなんて。二階建ての母屋に離れのアトリエ、公園みたいに広い庭。ひとつの家にトイレが三つもあるんだよ。やっぱり芸能一家って、スケールが違う。
はりきってキッチンへ向かったあいりちゃんを見送って、俺はマリアさんの指揮のもと家事に取りかかった。

「今日は二人が来てくれるっていうから大きめのもの洗っちゃったんだ。ごめんね」

「全然、任せちゃってくださいよ」

庭先で、俺はでっかいシーツやバスタオルを干して、マリアさんは辺りの落ち葉をホウキで集めてる。あいりちゃんの目が届かないところでマリアさんとふたり。もしかして、これはチャンスなんじゃない?
単刀直入に聞いた。

「駿河さんって、どんな人なんですか?」

ホウキを持つ手が止まる。こっちに背を向けてるから表情はわからない。

「気になるか、少年」

重々しい口調。振り向いたマリアさんは真顔だった。
え、なにが始まるの?俺も手を止めて、神妙に次の言葉を待っていたら。

「……ぶはっ。からかってみただけー」

マリアさんは、突然けらけら笑い出した。

「なんなんですか、もー……」

「ごめんごめん。やっぱり気にしてたのね」

「そりゃ気にしますよ。なんか異常ですもん、いろいろと」

「異常、ね。隼君は、あの人のこと嫌い?」

「嫌いっていうか……まぁ、嫌いですね」

「あはは。一緒ね。私も嫌い」

意外だ。旅行のときだって、けっこう一緒にいたのにそんな素振り全然見せてなかったし、おかしな話だけど、マリアさんという人に負の感情が似合わなくて違和感がすごい。

「私もたいしたことは知らないんだけどね」

マリアさんが近くのベンチに腰掛けたから、俺も洗濯物を放り出して彼女の隣に座った。

「丈司に聞いた話だと、駿河君って子どものころはムチャクチャ生意気だったらしいの。要領がよくて、なんでもできて、それを鼻にかけてナチュラルに人を見下して。今では考えられないけど、赤ちゃんだったあいりちゃんたちのことを毛嫌いしてたんだって。そんなのまだ人間じゃないって」

「うっわ。ほんとにクソ野郎っていうか、人間のクズじゃないですか、それ」

「ねー。でも中学生のときに交通事故で大ケガしたあとから、あいりちゃんたちのことを可愛がるようになったらしいわ」

「交通事故……それだけ聞くと、頭を打って人が変わったってことになりません?」

「私も、それは思ったんだよね。だけど丈司は、人が変わったっていうより、目が覚めたみたいだったって言ってたわ。わりと長いこと入院してたから、そのあいだに何かあったのかもしれないってね」

その、何か、に興味があるんだけど、それは本人に聞かなきゃわかんない。
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