ぼくたちは一生懸命な恋をしている
気がつくと、スマホの画面にはゲームオーバーの文字が浮かんでいた。最近ぼんやりすることが多い。三人掛けのソファに寝そべってため息をつく。腑抜けているなぁ、と思う。

「待たせてごめんね。お先したよ」

顔を上げると、風呂上がりの駿河がいた。冷蔵庫から取り出したばかりのペリエのフタを開けている。勢いよく抜ける炭酸の音に気を引かれ、なんとなく視線を外すタイミングを逃した。

ビンを傾ける筋張った手。飲みこむ度に美しく隆起した喉仏が上下する、その動きが意外と粗野で目を奪われる。Vネックの黒シャツなんて狙いすぎのアイテムも難なく着こなす均整の取れた体格。ほどよい厚みの胸板から醸し出される男らしさは、オレにはまだないものだ。飲み干したビンをシンクの脇に置くと、乾ききらない少し長めの前髪の隙間から流し目を寄こしてくる。その仕草のすべてが堂に入っていて、まったく嫌味な男だ。

「その無駄に醸してる色気の矛先ってさ、まさかオレに向いてるわけじゃねーよな」

念のため確認すると、「色気を醸してるつもりはないんだけどな」と苦笑いが返ってきた。

そうだ。駿河は気を抜いているときの方があざとい。自分の印象を操作するため、常に計算して行動してきた副作用だ。色目の使い過ぎで素の状態でもいやらしさが抜けない。ただし、目に入れても痛くないってくらい猫かわいがりしているあいりの前じゃ、ほがらかなお兄さんの笑顔を絶対に崩さない。抜かりはない。分かるのだ――こいつも、オレと同類だから。

「そこ、いいかな?」

ソファの前に笑顔で立たれて、仕方なく体を起こした。オレの隣に腰を下ろした駿河は、足を組むと、それだけでハイブランドの広告ポスターにできそうなほど様になる。ここまで存在自体が絵になる男が普通のサラリーマンをやっているなんて、宝の持ち腐れもいいところだ。

「さっきから視線が痛いんだけど、俺、何かしたかな?」

「加齢臭がする」

「ははっ、面白い冗談だね」

「冗談だといいな」

「……かなで?」

ちょっとからかってやっただけなのに目が怖い。

「おとな気ねぇな。歳はいくつだよ」

「今年で二十六だよ。いろいろ気になってくる繊細な年頃なんだよ」

「駿河でも、そんなん気にするんだな」

「するよ。成長期のお前は分からないだろうけど、こっちはもう衰えていくばかりだからね……どこ見てるの」

「生え際は、まだ大丈夫そうだぞ」

「知ってるよ!まったく……それだけ減らず口が叩けるなら、心配して損したかな」

ふいに保護者の空気を感じて、オレは黙った。

家出をしたのは、ひと月ほど前だったか。あのとき、オレはとっさに駿河を頼った。そして、何もかもをぶちまけてしまったのだ。駿河には誤魔化しがきかない。

「また思い悩んだ顔してたね。あのときのこと、考えてた?」

その通りだ。情けない。
このオレが、こんなにもつまらないことで、つまずいている。
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