ぼくたちは一生懸命な恋をしている
心臓が駆け出す。どうして秋山がこんなところに来るの?
動転して、泣き腫らした目のことも忘れてまじまじとその存在を確認してしまった。すぐに思い出して顔を伏せたけれど、人の機微に敏感な奴だから、私が泣いていたと気づかないはずがない。
言い訳を必死に考えていたのに、秋山はいつも通り、私だけに向ける不機嫌さで素っ気なく尋ねてきた。
「まだ終わんないの?」
「えっ……と、交代の子が来たら、終わり」
「その子、いつ来る?」
「もうすぐだと思うけど」
「ふぅん」
普通に会話できて拍子抜けした。安心すればいいだけの場面なのに、私は少しがっかりしている。心配してほしかったなんて、浅ましい。もう些細な変化なんて気づいてもらえないくらい、私はどうでもいい存在なのだ。さんざん泣いて湿っぽくなった目や鼻の奥の粘膜が、また潤み出す。くすん、と鼻をすする音がやけに響いた。
そんな私を気にすることなく秋山は、その手に提げていた紙袋から円形の崩れた風船を取り出した。そういえば、秋山のクラスはバルーンアートの実演と作品展示だったっけ。
「あいりちゃんに作ってあげるんだ。四つ葉のクローバー。せっかくだから目の前で作るとこ見せてあげようと思って、パーツだけ準備してきてる」
秋山が、緑色した小振りのそれをひとつ私に差し出した。
「これ、あとで保健室に持ってきて」
押しつけられて、訳も分からず受け取る。
「あいりちゃんが待ってるから、先に行ってる。三つ葉じゃ幸せ運んでくれないんだから、ぜったい持ってきてよ」
呆気に取られているうちに、秋山は行ってしまった。
あらためて手の中の風船を見てみると、それはハートの形に膨らんでいた。クローバーの葉と同じ形。私がこれを持って行かないと、秋山はあいりちゃんに四つ葉のクローバーをプレゼントできない。保健室に行かなければならない理由ができてしまった。
風船を、両手で包みこんで抱き寄せる。
秋山は気づいていた。私が泣いていたことも、二人から逃げ出そうとしていたことも。分かっていて、いつも通りを装って、逃げ道をふさいだのだ。
あいりちゃんに寂しい思いをさせないためなのか、弱った私を一人にさせないためなのか、本心は分からないけれど。
秋山の中に、私を気にかけくれる心があったことが、嬉しくてたまらない。それと同時に、優しさなんて見せてほしくなかったとも思う。期待を捨てることができない。こんなのぬか喜びだと分かっている。保健室に行けば、また寂しい思いをしなくちゃいけないことも。勉強では同じ失敗なんてしないのに、どうしてこうも心は繰り返してしまうのだろう。
「遠野さん、お疲れー」
今度こそ、交代の人がやって来た。
「あ、ハートの風船だ。可愛いですね!」
わいてくる誇らしさに、私は自嘲した。
動転して、泣き腫らした目のことも忘れてまじまじとその存在を確認してしまった。すぐに思い出して顔を伏せたけれど、人の機微に敏感な奴だから、私が泣いていたと気づかないはずがない。
言い訳を必死に考えていたのに、秋山はいつも通り、私だけに向ける不機嫌さで素っ気なく尋ねてきた。
「まだ終わんないの?」
「えっ……と、交代の子が来たら、終わり」
「その子、いつ来る?」
「もうすぐだと思うけど」
「ふぅん」
普通に会話できて拍子抜けした。安心すればいいだけの場面なのに、私は少しがっかりしている。心配してほしかったなんて、浅ましい。もう些細な変化なんて気づいてもらえないくらい、私はどうでもいい存在なのだ。さんざん泣いて湿っぽくなった目や鼻の奥の粘膜が、また潤み出す。くすん、と鼻をすする音がやけに響いた。
そんな私を気にすることなく秋山は、その手に提げていた紙袋から円形の崩れた風船を取り出した。そういえば、秋山のクラスはバルーンアートの実演と作品展示だったっけ。
「あいりちゃんに作ってあげるんだ。四つ葉のクローバー。せっかくだから目の前で作るとこ見せてあげようと思って、パーツだけ準備してきてる」
秋山が、緑色した小振りのそれをひとつ私に差し出した。
「これ、あとで保健室に持ってきて」
押しつけられて、訳も分からず受け取る。
「あいりちゃんが待ってるから、先に行ってる。三つ葉じゃ幸せ運んでくれないんだから、ぜったい持ってきてよ」
呆気に取られているうちに、秋山は行ってしまった。
あらためて手の中の風船を見てみると、それはハートの形に膨らんでいた。クローバーの葉と同じ形。私がこれを持って行かないと、秋山はあいりちゃんに四つ葉のクローバーをプレゼントできない。保健室に行かなければならない理由ができてしまった。
風船を、両手で包みこんで抱き寄せる。
秋山は気づいていた。私が泣いていたことも、二人から逃げ出そうとしていたことも。分かっていて、いつも通りを装って、逃げ道をふさいだのだ。
あいりちゃんに寂しい思いをさせないためなのか、弱った私を一人にさせないためなのか、本心は分からないけれど。
秋山の中に、私を気にかけくれる心があったことが、嬉しくてたまらない。それと同時に、優しさなんて見せてほしくなかったとも思う。期待を捨てることができない。こんなのぬか喜びだと分かっている。保健室に行けば、また寂しい思いをしなくちゃいけないことも。勉強では同じ失敗なんてしないのに、どうしてこうも心は繰り返してしまうのだろう。
「遠野さん、お疲れー」
今度こそ、交代の人がやって来た。
「あ、ハートの風船だ。可愛いですね!」
わいてくる誇らしさに、私は自嘲した。