ぼくたちは一生懸命な恋をしている
保健室からは、楽しげな笑い声が漏れていた。首をかしげつつ扉を開ければ、そこには二人の他に養護教諭とカウンセラーの先生もいて、にぎやかさに納得した。

「円香ちゃん、待ってたよ!」

あいりちゃんの満面の笑みに引きずられて、私の顔も勝手に笑みを作る。その善良さの前に、私の醜い嫉妬は屈服するしかない。

「はい、お待たせ」

託されていた風船を、名残惜しさを振り切って秋山に返す。私に与えられた優しいハートは、私の目の前で、秋山の手によって、あいりちゃんの幸せを願うための四つ葉のクローバーの一部になった。

「あなた達を見てると、ほっとするわ。日ごろ相談ばかり受けていて忘れがちだけれど、こんなに平和に暮らしてる生徒もいるのよね」

養護教諭の年配の女性がほがらかに言う。それに若いカウンセラーの男性が乗っかって、私たちに模擬店の軽食をおごると言い出した。良い子のご褒美だそうだ。

「じゃあ俺、荷物持ちについて行きます!」

「一人で持ちきれないほどおごらせる気か?」

「先生ったら太っ腹~」

愛嬌ある軽口で大人までをもたらしこむ秋山は悪い子の代表ではないか。先生たちの察しの悪さを憂うべきか、私たちの本心を隠す巧みさを誇るべきか。バツの悪い気持ちで買い出し組を見送って、保健室には女性ばかりが残された。

「プレゼント、よかったわね。せっかくの学園祭なのに負担をかけてしまって、百瀬さんが楽しめなかったら申し訳ないと思ってたの」

「大丈夫です。隼くんも円香ちゃんがいてくれますから」

ぷくぷくとした四つ葉のクローバーを嬉しそうに見つめるあいりちゃんは可愛い。まるで小さな子どもみたい。与えられる厚意に、ただ喜んでいる。私と秋山の存在を同列に語ってしまう、そこに感情の差は見えない。秋山がその好きの形を正しいものに変えたのに、秋山とあいりちゃんの好きの違いは埋まらないままだ。

この世界はままならない。ありふれた親切のようにあなたが何気なく受け取っているそれは、私が狂おしいほど求めている宝物。

「うらやましい」

ぽつりとこぼれた心。きょとんとしたあいりちゃんに分かってほしくて、つい言葉を重ねてしまう。

「たくさん愛されて、うらやましいな」

眼鏡の奥のまあるい瞳が揺らぐ。たぶん私は今、笑えていない。
養護教諭の彼女も、ようやく不穏を感じ取ったようだ。
みずから招いた沈黙が苦しい。

「……あはは。私も彼氏作ろうかな。じつは、最近少女漫画にハマってて、胸がキュンキュンするような恋がしたいなって、ガラじゃないんだけど憧れてて」……

気まずさを押し流すように、私は明るくしゃべった。いつになく饒舌な私にあいりちゃんは戸惑っている。
あいりちゃんを守ると、秋山の味方をすると誓った私の虚勢は、勇気ある彼からの告白でひび割れた。本当の正義に私のそれが偽物であったことを暴かれてしまったのだ。もう、こんな茶番は潮時なのかもしれない。

秋山たちが戻ってきた。みんなで分け合って食べたタコ焼きやクレープの味を、私はあまり覚えていない。

ずっと考えていた――この長すぎた恋の幕の引き方を。
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