ぼくたちは一生懸命な恋をしている
「な、なんだ突然。ノックぐらい……」

「返して!」

机の前にいたかなでに、私はつめ寄った。

「なにを」

「わかってるでしょ!?」

「はぁ?」

とぼけるなんて許せない。ウェブ小説の画面を目の前に突きつける。

「かなでがやったんでしょ?なんでこんなひどいことするの!?」

しばらく画面を見つめていたかなでは、一瞬おそろしいほどの真顔になると。

「……もったいねぇと思って」

けろりと軽く白状した。

「なにがもったいないの?私は二度と、あんなもの書かない!あれはもう忘れたいの!」

「本当に、それでいいのか。あいりが本気なら、オレは応援しようと思ってたんだぞ」

好きなんだろ、駿河のこと。
と、かなでのセリフにめまいがした。

これを読めば、私が誰を好きなのかは一目瞭然。子どものころはともかく、成長しても駿河くんを思い続けてたことがバレたのだと思うと恥ずかしくて、応援してもらえるほど私の恋は誇れるような綺麗なものじゃなくて、やりきれなくて涙が出てきた。

「やめて、もうやだ。ぜんぶ捨てるからノートを返して」

めそめそと泣く私に、厳しい声が突きささる。

「あいりが本当の気持ちに正直になるまでは返してやんねぇ」

何もかも見透かされてる。

「ひどいよ……」

「うるせぇ。ったく、夜中にギャーギャーわめきやがって。とっとと出て行け」

かたくなな態度。本気の口げんかなんて、かなでにかなうはずない。
気持ちが、折れた。
どうしようもないことを悟って身を引こうとしたら、何かが爪先に当たった。絵の具だ。お父さんのアトリエでよく見た、なつかしい銀色のチューブが落ちてる。

よくよく見渡せば、かなでの部屋は様子ががらりと変わってた。カーペットには七色の汚れが飛んでて、画材があちこち散らばって、部屋の真ん中には布がかけられたキャンバスが置いてある。机の上にはクロッキー帳からちぎったデッサンが何枚もあって、鉛筆、ナイフ、削りカス……ここは、絵を描くためだけの場所だ。

サイトには、かなりの文字数がアップされてた。とても手間のかかる作業だったと思う。

「ねぇ、ほんとにかなでがしたの……?」

「自分から食ってかかってきたくせに、どの口がそれを言う」

「ご、ごめん」

「早く寝ろバーカ」

追い出されてしまって、もう自分の部屋に戻るしかない。
かなではノートを持ってる。本人が返さないって言ってるんだから、きっとそうなんだ。私の部屋からノートを持ち出せるのだって、かなでくらいしか。

「あいちゃん」

ふいに呼び止められた。

「大丈夫?大きな声が聞こえたけど。ケンカ?」

「駿河くん……」

ふと、よぎる。ノートを持ち出すなんて、このお家にいる人になら誰だって。
そこまで考えて、すぐにやめた。お仕事が忙しい駿河くんが、そんな面倒なことする理由がない。何より、こんなに心配してくれてるのに疑うなんて。

「なんでもないよ。心配かけてごめんね。おやすみなさい」

申し訳なくて、部屋に逃げこんだ。
ふらふらとベッドに腰かけたら、ベッドサイドのテーブルに置いてたネックレスが目に入って、隼くんのことを忘れてたと気づく。私は隼くんの恋人なんだから、かなでに何を言われても、私は隼くんが好きって言えばよかった。ううん、言わなきゃいけなかったんだ。
それなのに私は、駿河くんのことしか考えてなかった。

「ごめんなさい」

ネックレスのハートをにぎりしめて、何度も何度も謝る。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

私は、なんて悪い子なんだろう。
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