ぼくたちは一生懸命な恋をしている
「ずいぶんといい表情をするようになりましたね」

最後のカットのチェック中、セイラに褒められた。もしかして、皮肉の伴わない称賛は初めてかもしれない。自分でも、ようやく独りよがりでない感覚を掴み始めている。

「今回で七回目の撮影になるんですよ。はじめはどうなるかハラハラしましたけど、すっかり看板企画になって、わたしも鼻が高いです」

「へへへ」

「そういうだらしない顔で素直によろこべるようになったのも感慨深いですね」

「んーそれは褒めてる?」

「もちろん」

セイラがスタッフに撮影終了の合図を送る。号令がかかって、撤収作業が始まった。

真剣勝負のあと、ほどよい疲労感に酔いしれる暇もなく頭を切り替える。自分のこと、絵のこと、あいりと駿河のこと、懸案事項を挙げ始めればキリがなくて、一日が二十四時間では足りない。今夜も三時間寝られればいい方だろう。控室へ引き上げようとするオレを、セイラが呼び止めた。

「かなで。あなた、ちゃんと眠れていますか?」

鋭い指摘に目を見開く。

「なんでわかるの?」

「脳が休まっていない目をしてますよ。若いからって調子に乗って。体を壊しては元も子もないんですからね」

「ごめんなさい。……だって、寝てる暇がないんだよ。個展ももうすぐだし」

「個展、ですか?」

「オレ、雑誌でイラストエッセイの連載してるでしょ。それの原画展をやるんだ」

「まぁ片手間でアーティストを気取って、生意気ですね」

その通りだ。これまでずっと一人前のつもりで描いていたイラストなんて、その程度のものだった。でも。

「いまはちゃんと本気で描いてるよ」

セイラが、羽のようなまつ毛を瞬かせる。

「いま本気だから、本気じゃなかったって気づけたんだ。セイラにいろんなこと教えてもらって、オレは変わりたいと思った。その決意を、絵を通していろんな人に見てほしい。オレの絵を褒めてくれなかった親父とか……傷つけてしまった人とか」

たぶん、この瞬間、オレたちの脳裏には同じ人物が浮かんでいるだろう。

「もちろん、セイラにも絶対見てほしいよ」

宣言したことで、決意がいっそう固まった。

「分かりました。楽しみにしていましょう」

セットされていた髪をくしゃくしゃになでられて、その優しい指の感触に何でも出来るような力がわいてくる。

「でも、ちゃんと寝なさいね」

どうだろう。セイラの言うことでも、こればかりは聞けないかもしれない。


と、案の定、オレは言うことを聞かなかった。それどころか、ますますのめりこんでしまい、ほとんど寝ずに創作に打ちこんだ。結果、締め切りギリギリに絵を仕上げたその朝は、手から筆が離れなくなってひとり大笑いした。何事かと飛び起きてきたあいりの顔色が真っ青だったものだから「大丈夫か?」と尋ねれば、「かなでのほうが大丈夫なの?」と泣かれてしまい、それさえおかしくて笑い転げたオレは、以降意識をなくして丸一日泥のように眠った。絵は、相川さんが引き取りに来てくれて納品には間に合ったらしい。目を覚ましたあと、いろんな人からすこぶる説教をくらった。
そんな紆余曲折を経て、個展は無事に初日を迎えることとなったのだ。
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