ぼくたちは一生懸命な恋をしている
都心の外れにある、緑に囲まれたギャラリー。規模は小さいが、新進気鋭のアーティストによる展覧会がよく行われている、若手には憧れの場所。ここで二週間、オレの個展は開催される。

セッティングの終わった館内を、最終チェックも兼ねてあらためて歩いてみる。ゾーンは五つに分かれていて、そのうち二つには雑誌に掲載されたイラストの原画が二十四点。もう二つには、オレが愛用しているペンやクロッキー帳、下書きが展示されていて、最後の一つには、新規描き下ろしイラストの原画が三点と、油絵が一点。

色数を最低限にしぼったスタイリッシュなイラストの中、色にまみれたキャンバスが浮いている。ギャラリーのスタッフから「本当にこちらも一緒に展示されるんですか?」と確認されたほどだ。ない方がまとまりのある良い個展になる。それでも、悩みに悩み抜いた結果、写実と表現のあいだで揺れている、不格好なこの油絵の存在が、今のオレには必要不可欠なのだ。

全力は出し切ったが、まったく力が及ばなかった。見ていて心地の良い絵ではない。けれど、キャンバスに乗せた思いをくみ取ってくれる人は、きっといる。そんな人が今は少なくても、これから先、もっとうまく、もっと大勢に伝えられるようになりたい。セイラがオレに伝えたかったのは、こんな感情だったのだと思う。

初日の今日は、オレのサイン会が行われるのも手伝って、九時開館にもかかわらず早朝からギャラリーの周囲に長蛇の列ができている。前売り券の売り上げは、このギャラリー史上最高額を記録しているそうだ。施設内の窓からのぞくと、寒空の下、白い息を吐いて身を寄せ合いながら入館を心待ちにしている女性たちが見えた。その健気さに胸打たれる。

「ねぇ相川さん。開館時間って前倒しできませんか。みんな寒そう」

「そうね。ちょっと待ってて。館長に確認してみます」

事務室へ向かおうとした相川さんが、何か思い出したように足を止めて。

「よく気づいたわね」

とオレの肩を軽く叩いた。


百人以上のファンと握手をして、サインをして、まばらに訪れるスポンサーに挨拶をして、マスコミの取材を受けて、目まぐるしく時は過ぎる。閉館時間が近づき、控室で相川さんと今日一日の施設運営の問題点について議論している最中だった。
控えめなノックに返事をすると、心待ちにしていた人が現れた。

「お疲れ様。大盛況ですね」

「セイラ!」

ここ最近の無理がたたって疲れ果てていたオレは、大好きな笑顔を前にいつになく無防備になって、だからセイラの陰に立つもう一人の存在に気づいたとき、驚きや戸惑いに飲まれて表情を繕うことさえできなかったのだ。


「久しぶり……」


遠慮がちに顔をのぞかせたのは、ずっと心の底に沈殿していた彼だった。
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