ぼくたちは一生懸命な恋をしている
大人たちの気遣いで、オレたちは今、控室に二人きりで向かい合っている。
何から話せばいいのか分からない。もう二度と会えないと思っていた。

記憶より彼の容姿は大人びていて、感情を乗せない顔は知らない人のようだ。謝りたいとばかり思っていたけれど、彼を目の当たりにして、そんなもの自分が許されたいだけのエゴのような気がしてきた。ただ断罪することを彼が望むのなら、オレは口をつぐんでそれを受け入れなければならない。

はたして、先に言葉を発したのは彼だった。

「展示、見せてもらったよ」

あまりに穏やかな声に、身構えてしまう。次にどんな言葉が飛んで来ても受け止められるように、歯を食いしばる。

「お前は、やっぱりすごいな。絵まで描けるとか、出来ないことなんてないんだな」

そんなことはない。うつむくオレの視界に、突然、彼の頭頂部が見えた。
困惑する。なぜ、彼が頭を下げているのか。

「ごめん」

唐突な謝罪に、オレは思わず彼の肩をつかんだ。

「なに言ってんですか!?謝るのはオレのほうでしょ!」

「いいや、俺が悪かったんだ。かなでの才能を前に尻込みして自信を失くしたのは俺のほうなのに、かなでを責めてしまった。言わなくていいことを言ってしまった」

彼はかたくなに頭を上げないまま語り続ける。

「あのとき、俺はかなでの言葉に傷ついた。短くても付き合いのあった人間を簡単に切り捨てて、なんてひどい奴だと思った。でも、あれから受験が終わっても本格的に仕事復帰しないお前を見て、気づいたんだ」

いつも光に満ちていた目が捉えたオレは、ひどく滲んでいた。

「俺が傷ついたことで、かなでも傷ついてしまったんじゃないかって」

甘えてしまいそうになる自分を叱咤する。たとえ彼にも落ち度があったとしても、オレのしたことは変わらない。

「やっぱり謝らなきゃいけないのはオレのほうです。オレは傲慢で思いやりがなかった」


ごめんなさい。


ようやく言えたのに、楽にはならなかった。どんなに謝っても傷つけた事実は消えない、それなのに。

「お前、変わったな」

その表情を見ただけで、彼がオレを許していることが分かってしまった。

「今日、あの絵……ひとつだけ雰囲気が違う、あれを見て驚いた。かなでのイメージと全然違ったから。荒々しくて、たどたどしくて。でも、他の綺麗な絵より、あの絵が一番いいなって俺は思った。なんか、昔の自分を見てるみたいだった」

オレが伝えたかったことを、他の誰でもない彼が、きちんと受け取ってくれた。

「芝居が好きな自分を、思い出したよ」

あんなにも芝居に情熱を注いでいた彼の人生を変えてしまったことを後悔していた。オレが言える立場でないのは承知の上で、何よりこれが一番気がかりだったのだ。

「役者、ほんとにやめるんですか?」

彼は照れ臭そうに頬をかく。

「じつは事務所との契約も続けてるし、迷ってたんだ。なによりセイラさんが引き留め続けてくれて、あきらめきれなくて。俺、なにも話してないのに、今日もここに連れて来てくれたんだ。もしかして、かなでがセイラさんに?」

「ううん。オレも、話してない……」

「すごいな、あの人。俺たちの恩人だ」

失敗を償わせてくれた。途切れた縁を繋いでくれた。いくら感謝しても足りない。

「今度は、ちゃんと、筧さんと芝居がしたいです」

「もう、兄貴って、呼んでくれねぇの?」

「えっ……」

「あれ、けっこう気に入ってたんだけど」

最初は媚びるためのものだった。でも今日からは、心から呼べる。 

「兄貴」

あぁ、オレはずっと、こうして笑い合いたかった。
< 90 / 115 >

この作品をシェア

pagetop