ぼくたちは一生懸命な恋をしている
駅を降りてからの道は初めて。スマホのナビに頼ろうと思っていたら、大勢の女性が列をなして同じ方向へ歩いて行くから、もしやとついて行けば案の定、みんな目的地は同じだった。

ギャラリー前の広場では、来場者が多すぎて入場規制が行われていた。スタッフの説明によると、ここで前売り券と整理券を交換し、それに記載された時刻から三十分間だけギャラリーに入れるとのこと。今のところ三時間待ちで、もちろん当日券はない。

「すごい人気ね……!」

「うわぁ、入れるかなぁ」

尻込みしつつ、整理券配布の列に並ぶ。さいわい、この辺りには暇をつぶせるような場所がいくつかあるようで、列の脇に設置されている飲食店などの施設を紹介する周辺マップを、みんなスマホで撮影している。私も人波に乗ってタイミングよく撮影できた。
どこへ行こうか、あいりちゃんと予定を立てていたら、後ろで並ぶ女の子たちの会話が聞こえてきた。

「ねぇ、このマップの誕生秘話、知ってる?」

「え、知らない」

「なんかね、初日には整理券とかなくて、みんなこのさむーいなか長時間行列作ってたんだって。それを知ったかなで君が、ファンのために整理券システムを提案して、このマップも作ってくれたの。おかげで次の日からファンは凍えずに済んで、この辺りのお店にも大きな経済効果をもたらしているというハートフルストーリー」

「なにそれ私たちいま王子の愛に生かされてる」

良い話。素直に感心する。

「かなで君、やさしいのね」

耳打ちすると、あいりちゃんは困ったような、はにかむような、複雑な表情をしていた。

「そうだよね。かなではやさしいもん。ほんとはあんなことするわけ……」

「え?」

「あっ……な、なんでもないよ!」

あいりちゃんは何を思い出していたのだろう。気になるけれど、すぐに順番が回ってきて聞くことはできなかった。

「お願いします」

礼儀正しくあいりちゃんが二枚の前売り券を差し出すと、機敏に動いていた男性スタッフの手が止まった。彼はあいりちゃんをまじまじと眺めて、隣にいた女性スタッフに小声で確認を取っている。彼女が次々と交換している前売り券とあいりちゃんが持っているそれは、明らかに仕様が違う。

女性スタッフが無線で連絡を取ると、すぐにギャラリーの中から応援が駆けつけた。私より背の高い、パンツスーツを着た綺麗な女性。

「どうぞ、こちらへ」

彼女に案内されるままついて行くと、「関係者入口」と掲げられた扉をくぐって入館できてしまった。

「初めまして。かなで君のマネージャーの相川です。妹のあいりちゃんと、お友だちね。かなで君から話は聞いています」

戸惑う私たちに、相川さんは真っ赤なラバーブレスレットをつけてくれた。

「これが招待客の目印よ。制限時間はないから、ゆっくり鑑賞してね。もしよかったら帰る前にでも控室に顔を出してあげてちょうだい。感想が聞けたら本人もきっと喜ぶわ」

控室の場所を告げて、相川さんは颯爽と行ってしまった。
あいりちゃんと顔を見合わせる。王子は可愛い妹にVIP待遇を用意していたみたい。
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