ぼくたちは一生懸命な恋をしている
何時間も待ってからせわしない鑑賞しかできない多くのファンのことを思うと心苦しくて、私たちはブレスレットを隠しながらコソコソとギャラリーを見て回った。

王子の作品は、どれも細やかな部分まで描き込まれた綺麗なイラストばかり。仕事に学校にと忙しい中、よくこんな絵まで描けるものだと感心する。でも、それだけだった。綺麗なだけで、心に引っかからずすり抜けていく。あとには何も残らない。ファンはため息をついて見とれていたけれど、かなで王子という作者のフィルターを外した場合、どうだろう。ここへ至るまでの労力に見合う価値のある絵だと、それでも彼女たちは思うのだろうか。

ただ、最後に、多くの人が目もくれず通り過ぎていた一枚の油彩だけは、異様な熱量を放ってこの目を釘付けにした。違う人の作品だと言われた方が納得できるほど、作風が違う。そもそもどうして一枚だけ油彩なのだろう。完全に、このイラスト展の調和を乱している。だからこそ、邪魔にならないように隅に追いやられていたのだろうけれど。

王子は、何を思ってこの油彩に挑んだのか。タイトルの『憧れ』というのも、しっくりこない。ぐちゃぐちゃで意図が読み取れないのに、なぜか魅かれる。もどかしいこの感情は、あいりちゃんのつぶやきに集約されていた。

「がんばったね、かなで」

あぁ、それだ。
百瀬かなでという人が懸命に戦った跡が、そこにはあった。


以前顔を合わせたときは、お互い警戒心だらけで、まともに話せずじまいだった。今日は、親しくできなくても「よかった」の一言くらい伝えてみたい。
スタッフの人たちに会うたびブレスレットを確認してもらいながら、控室にいるという王子の元を訪ねると。

「これはこれは。可愛らしいお客さんがいらっしゃいましたね」

そこには、絵の余韻も吹き飛ぶほどの先客がいた。
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