好きだけじゃ足りない
鳴り続ける電話の音を消して、鞄にしまい込む。
そうしないと揺らぎそうになる自分がいたから。
「すみません、遅くなりました。」
「あぁ、おかえり。メグちゃん。」
迎えてくれるのは印刷所の所長。
お父さんみたいな優しい人で、二年前飛び込みで雇ってほしいと言った私を雇って今でも面倒を見てくれている。
「今しがただけど…エスポワールから電話があったよ。」
「……私に、ですか?」
「そう。」
エスポワール…、伊織が働く会社。確かフランス語で"希望"だった。
日本では聞き慣れない、カフェなんかで使われそうな名前だったからよく覚えている。
取引先でもあるしね…。
「連絡欲しいって。何かやらかしたのかい?」
「いえ…、大丈夫です。」
所長に苦笑いを返して、一つため息を吐いた。
嫌な予感はひしひしとするけど、連絡をしないでまた電話がきてしまえば所長に迷惑がかかる。
仕方なく、電話を手に取引先番号の書いてある紙を見ながらエスポワールへ電話を掛けた。
『はい、エスポワール東京支社でございます。』
「あ、藤和印刷の高波と申しますが…連絡をいただいたと伺ったのですが―…」
電話をして、気がついた。
誰が連絡をしてきたのかを所長に聞いていなかった…。
まずいな…。
『課の名前などは?』
「え……あのー…、申し訳ありません…、わからないです。」
有り得ないね。
ほかの事で頭がいっぱいだからって…失態だ。
『確認致しますのでお待ちください。』
私の言葉に動じる事もなく、そう言う受付嬢に感謝しつつ…自分の失態にため息しかでなかった。