好きだけじゃ足りない
「ちょっと待って…!やっぱりやめ…むぐっ」
「やめない。…あ、これで。」
口を塞がれたまま伊織を睨みつけても有り得ない爽やかさでカードを差し出してしまう。
――…有り得ない……ゼロが…いっぱい付いてたんだけど…っ!
会社役員と言うだけでなく、財閥の長男な伊織は腐るくらい金を持ってるかもしれないけど…。
「こちらが商品になります。ありがとうございました。」
完璧な営業スマイルな店員のお姉さんから紙袋を受け取り、塞いでた口を解放してズルズルと私を引きずるように店を出る伊織。
「ちょっと伊織!」
「あれくらい別に良いだろ。」
「あれくらい…あれくらいって……ゼロが何個も付いてた!」
店を出て文句を言っても軽くあしらわれる。
何を言っても聞く耳持たずな伊織に呆れて、小さくため息を吐いてからはもう何も言わなかった。
綺麗な洋服が嫌いなわけじゃないし、プレゼントが嫌なわけじゃない。
ただそれを貰っても私には伊織に何かをお返しするなんてできないから困るんだ。
「お前はただ俺の隣で笑ってりゃ良いんだよ。」
考えが筒抜けなのかってタイミングで言われた言葉に曖昧な返事しかできない。
「俺はメグが喜ぶならそれで良いんだよ。」
「――…ありがと、伊織。」
腑に落ちない事は多々あるけど、腑に落ちない以上に言葉が嬉しくてありがとうと何度も呟いた。
「ほしいもんあるなら買ってやる。なんでもな。」
「なんでも…?」
「あぁ。車でも家でも、ジェット機でも。」
「いや、いらないし。」
冗談のような本気の言葉に私が焦ったのは言うまでもない事だったりする。
そんな私を含み笑いのままで見る伊織。
ショッピングモールで感じた小さな小さな幸せが確かにあった。