好きだけじゃ足りない
専務との約束の日まであと10日。
本日は晴天なり。
なんて言葉が頭を掠めながら、キャリーバッグを引っ張り約束の場所に向かう。
バスやタクシー、見送りの車なんかでごった返した空港のターミナル。
視力は普通なはずなのに、人間は不思議なもので好きな人や大切な人は自然と見つけられてしまう。
100メートル以上先にいるはずなのにそこだけが鮮明に映し出されて、私はちょっとだけ早足で目的の場所へ歩く。
「伊織!」
「お…それ着てきたか。」
声に反応して振り向いた伊織は優しく目を細めながら私を見る。
それ、を指すのはたぶん昨日のショッピングモールで伊織が買ってくれたワンピース。
スカートなんて履かない私がこれを着たのはやっぱり伊織を喜ばせたいって内心は思ったから。
「やっぱり似合う。」
「……ありがと。」
似合わないって思う私とは反対に似合うと笑顔を見せてくれた伊織にスカートは嫌だ、なんて考えた少し前の私はどこかへさよならと手を振りながら行ってしまう。
「よし、行くか。」
「うん。」
引いていたキャリーバッグがいつの間にか伊織の手の中にあり、変わりに握るのは暖かい手。
こうしていたら新婚さんに見えたりするかな。
なんて思いながら空港の中へと向かって歩き出す。