好きだけじゃ足りない
「妹がいたのだけど…お見合い結婚なんて嫌だって駆け落ち同然で家出したの。」
昔を懐かしむように口許に弧を描いて、目を伏せる明さんは綺麗な人だと思った。
消えてしまいそうな線の中に確固たる強い線がある。
そう感じられる人。
「当時ね…優斗と結婚するつもりで付き合ってたのよ。
でもね、そう簡単には行かない。結局…両親の決めた何も知らない人と結婚する事になった。」
「でも…っ、マスターは…?」
「優斗は応援してくれたわ。結婚が決まってから私から離れて行くのがわかって…
優斗がどんな思いで離れたかなんてわからずに結婚してからも彼に甘え続けた。」
マスターと私はなんとなく似ていると思った。
だからマスターがどんな思いで明さんから身を引いたか、どんな思いで日々を過ごしたか…想像するのは容易い事だった。
「でもね…愛のない結婚なんて上手く行くはずがないのよ。」
ほんの少し、表情を崩して泣きながら笑うような切ない瞳をした明さんはすぐに表情を戻して私を射抜くように見てくる。