好きだけじゃ足りない
「今は私も離婚して自由の身だからすごく気楽だけど。」
射抜くような視線は一瞬で、すぐに優しく微笑む明さんに苦笑いしてしまう。
「でも…今は一人ならマスターとは…?」
「彼…普通に考えれば結構おじさんなのかもしれないけど、自由に生きてほしいのよ。
自由に生きて、自由に恋愛して、自由に結婚する。
まだまだできるでしょ?」
きっと明さんはマスターを今でも愛しているんだと思う。
グラスを手が白くなるくらいに握り締めて、泣きそうな瞳をしたままむりに笑顔を取り繕っている。
私にはどうしてそこまで気持ちを押し込めるかわからなかった。
私なら、恨み言を連発して殴り飛ばしてやるのに。
「萌さん…愛ってね、一つじゃないのよ。」
「一つじゃない?」
「そうよ。色んな愛があるわ。」
言っている意味がよくわからないまま首を傾げた私に、明さんは軽やかに笑いながらまたグラスに口を付ける。