好きだけじゃ足りない
リビングと玄関を隔てるドアが開いて、耳に携帯電話を当てたままの伊織がにんまり顔で立っている。
「ただいま。」
目の前から聞こえる声と電話から聞こえる声が被る。
私は小さくため息を吐き出してから通話中のままの電話を切って、伊織を睨んでやる。
「………意地悪い…」
「は?なに……あぁ、悪い。
素直なメグは貴重だからな。」
悪い、と言いながら悪びれない辺りはさすが伊織だ。
携帯電話をスーツの胸ポケットに仕舞いこんで、私の目の前まできてからぐしゃぐしゃと髪を撫でられた。
「ちょっと…!」
「ははっ……ただいま。」
「………………おかえり。」
小さく小さく発した言葉は伊織に届いたかはわからない。
でも、少しだけ笑ってくれたからきっと届いたんだろうな。
素直に言葉にするのも悪くない、なんて思う。
「お帰りなさい、伊織君。」
「お帰りなさーい!」
「ただいま…………明さん…この見事なまでの緑色は…?」
ただいま、と言葉を返しながらも伊織の視線はダイニングテーブルの上に置かれたゴーヤ達に釘付けになっている。
そんな伊織にまた明さんはにんまりと笑っていたのが私からでも見えてしまった。