好きだけじゃ足りない
暗闇の中で何度も何度も躓きながら、たどり着いた海岸で伊織の姿を探す。
水面が月の光に晒されてキラキラと幻想的な絵のように見える。
切り取られた風景画のようなその場所に座り込む人影に息を呑んで、ゆっくりと止めていた足を動かした。
数十メートルしか離れていない場所のはずなのにたどり着くまでにどれくらいの針が動いたかわからなかった。
「………伊織…?」
あと四歩、そこで足を止めればサクリと砂が音を立てる。
私がいる事に気付いてるはずなのに振り向きもしないで暗闇に呑まれる海をただ見る伊織に不安が募ってしまう。
「あの…ちゃんと話したい。」
振り向きもせず、反応すらない。
止めた足はそのままで、視線だけは真っ直ぐに伊織を見たままで言葉を繋ぐ。
「私…怖かった。伊織に嫌われたらどうしようって…自分の都合しか考えてなかった。」
「………だから?」
「だから……だから、言えなかったんじゃなくて言わなかったのかもしれないね…。」
振り向きなんてしないけど言葉は単調でも返してくれる。
それがこんな状況でも嬉しかったんだ。