好きだけじゃ足りない
「魚に考えがあるかとかわからないけどね…今の私にはないものを持ってそうでしょ?
生まれ変わったら海の生き物になるのも悪くないかも。」
何気なく言った言葉はもしかしたら本心だったのかもしれない。
今の状況からの逃げなのかもしれないけど。
「もしかしたら……」
「もしかしたら?」
「ううん、何でもない。」
言いかけた言葉は声に出すのはやめた。
声に出してしまえば、今の私も伊織さえも全部を否定してしまうような気がするから。
迷子になるから、と子供扱いした伊織にふて腐れながら手を繋いで幻想的な水族館を歩き回る。
明さんと優ちゃんは別に回ると言って居ないから今は二人きり。
伊織との関係を知る人もいない。
それが気持ちを軽くさせてくれて、今は安らぎを感じてしまう。
「なんでお前ってそんなに海好きなんだ?」
「んー……昔ね、色々あったんだよ。私も。」
「それは言える事?」
「いつか…ね。あ、クラゲ!クラゲってどこに口あるんだろうね?」
今はどうして海が好きか、全てを話す気にはなれない。
目の前にいるクラゲに視線を移し、わざと繋いだ手を引いて話題を逸らしながら伊織を見る事はできなかった。