好きだけじゃ足りない
流れる洋楽だけが聞こえる車内で、私と伊織は見つめ合う…なんて甘いものはなくて。
睨み合いながら互いの出方を互いに見ていた。
「………帰る。」
駄目だ…。
この男との沈黙はかなり重苦しいうえに、同じ空間にいるのが今は辛い。
「帰さない。」
「いい加減にしてよ!」
「そりゃこっちの台詞だ!
お前、俺があん時手放しに喜んでお前と離れたとでも思ってんのか!?」
二の腕を有り得ない強さで掴まれて、眉を寄せてしまうが…それよりも伊織の言葉の意味がわからなかった。
「俺が……俺がどんな気持ちでお前と離れたかわかんねぇだろ!」
「ちょ……待って……、どう言う事?」
意味がわからない。
だって、あの時…三年前のあの日…
貴方は私を捨てたじゃん。
「俺はお前と…メグと離れるつもりなんてなかった。」
「な……なにそれ…っ」
真意がわからなくて、伊織を見れば暗闇でもわかるくらい真剣な表情で私を見ていた。
伊織が言った事が正しいなら…
私を捨てたわけじゃなかった…?
「じゃあなんで結婚なんか…」
「……親が決めたからだ。
あの時の俺は親父に逆らう力なんてなかったんだよ。」
どうして…?
どうして貴方がそんな悲しそうな表情するのよ…。
悲しいのは私のはずなのに…
「……でも今だって奥さんといるじゃん。」
「メグと結婚できないなら誰といたって一緒だろ。
それに、結婚してれば言い寄る女だっていなくなる。」
………物凄い脱力感を感じるのはどうしてだろうか。
カッコイイ台詞なはずなのに、自信過剰な部分が多々見え隠れして、伊織らしすぎる。
いや、自信過剰ではない…?
伊織は黙ってればいい男だし、財閥の長男だし、性格を除けばほぼ完璧かも。
――…なんで伊織は私を好きなんだろう。
今さらながらの疑問が頭を過ぎって、眉を寄せていた。