好きだけじゃ足りない
空を飛ぶ機内で私と伊織に会話なんてなかった。
いや、会話がないと言うよりは会話が成立しないと言うべきかもしれない。
「………なんかムカつくわ…。」
通路側の席に座る伊織の顔を横目でみたまま小さくため息を吐き出してしまう。
昨日、と言うより今日の朝まで明さんや優ちゃんに付き合わされてお酒を飲んでいたから理由はわかるけど。
隣であまりにも気持ち良さそうに熟睡する姿に少なからず苛立ってしまう。
私がこんなに悩んでるのに…なんて自己中心的な思いにまたため息を吐いて今度はしっかりと伊織の寝顔を覗いた。
「…そこらの女より綺麗だわ………今度女装させようかなぁ…」
肌は綺麗だし、睫毛だって長い。化粧映えしそうな顔立ちににんまりと笑いながら伊織を覗いていた。
「……へっ…くし!」
「…ぶっ…くっ」
寝たままくしゃみする伊織。
子供しかしないはずの仕種に笑いを堪えながら、今まで考えていた…伊織に言わせれば馬鹿馬鹿しい悩みはどこかに飛んでいた。
「子供のままなんだ…アンタは…」
寝ながらくしゃみをしたり、欠伸をするのは赤ちゃんや小さい子供が多い。
大人になればあまり見られない仕種に多少癒されながら背もたれに背中を預けて瞼を降ろした。
これから私がする勝手な事を伊織に心の中だけで謝りながら。