好きだけじゃ足りない
――…なんだ。この人もただ誰かを一途に想うただの男なんだ。
そう思えた瞬間、専務に対して感じていた恐怖心なんか微塵もなくなっていたんだ。
「…あーあ……ホント、あんた嫌いだよ、俺…」
「私だって嫌いだから。」
嫌いだと口先で言いながら、多分お互いに笑っていたと思う。
"誰か"をただ一途に愛しているだけなんだってわかった時、恨みなんてなくて…ただ、ほんのちょっとだけ可哀相だと思ってしまっていた。
「メグちゃ……」
苦笑いをしたままで私を見ていた視線が外れて、私よりずっと後ろに向けられている。
私は首を傾げながら専務を見て、悟ってしまった。
違う、気付いたんだ。
「――…伊織…?」
「やっぱりな。絶対コイツに会いに行くと思った。」
振り向こうとしたときにはすでに隣にいて、眉間に皺を寄せたまま専務を睨みつける伊織に今まで静かだった心臓がめちゃくちゃに早鐘を打ちはじめる。
「彬、わかってんだろ。」
「まぁね…いっちゃんとだって付き合い長いしねー。」
隣に座った伊織と向かい側にいる専務の声に何も言えずにただ交互に視線をさ迷わせた。
「行くぞ。」
「ちょ…伊織っ!」
「黙ってろ。彬、お前もだ。」
見なくてもわかる。
イライラとしたまま腕を捕まれて痛いのにそれ以上の反抗はできなかった。
後ろからゆっくりと付いて来る専務に一度視線を向けてから小さくため息を吐き出した。
ただ、早鐘が鳴り続ける心臓を諌めるためだけに。