好きだけじゃ足りない
「何かしたかって?」
私が見た専務は幻だったんだろうか…。
複雑な表情で笑う専務は今はいなくて、ただ厭味ったらしく笑う専務が目の前にいた。
「気に入らないから。ただそれだけだけど?」
「っ、そんな事で今までメグを苦しめてたのか…?」
「そんな事?いっちゃんにとってはそんな事なんだな…」
嘲笑うような笑みを貼り付けて、尚且つ蔑むように吐き捨てた専務に私は違和感しか生まれなかった。
再発したような違和感に眉を寄せたまま、それでも身体の震えは止まらなくて自分の腕で自分を抱きしめるようにしてただ立ち尽くしていた。
「俺は…ただ自分に従っただけ。それが悪いならいっちゃんのがよっぽど悪いんじゃないのー?
円香さんを裏切ったんだから。」
伊織が苦しそうな表情をしていたからじゃない。
円香さんを裏切ったのは伊織じゃなくて私なんだ。
伊織と再会した日、私が伊織を拒んでいればこんな事にはならなかったと思う。
伊織も、円香さんも…専務もここまで苦しめる事なんてなかったんだ。
まるで蟠りが解けるようにストンと心の隙間に入り込んで綺麗に収まったその気持ちに自分ですら笑ってしまう。