好きだけじゃ足りない
「っ…ドSっ!」
「ハッ…元々だ。」
っ…開き直ってるし!
逃げたい…けど、背中と腰にある力強い腕が邪魔で逃げられない。
近付く伊織の無駄に整った顔が少しずつ近付いてきて、無意識に口許が歪む。
――…駄目だ……コイツのペースに捕まるな…っ
「ちょ……伊織っ!」
「…んだよ。」
「駄目…っ、アンタ結婚してるじゃん…」
あ、自分で言っててギュッて胸が痛くなった。
「結婚、してなかったら良いのかよ…」
「……不倫とか…私のモラルに反するのよ!」
モラルに反するかもしれない…けど、それでも……強く拒否できない自分もいる。
「………離婚、すればいいのか?」
「……………は?」
真面目な顔して何を言ってるんだろう、この男は…。
"離婚"…?
そんなの…そんなの私は…
「そんなわけないじゃん!なに、離婚って。そんな簡単に離婚できる結婚だったわけ!?
そんな簡単な結婚で私はアンタに捨てられた訳!?」
冗談じゃない…。
何もわかってない…コイツはほんとに何もわかってないっ!
「お、おい…!」
「ふざけんな!離して、触んな!!」
苛々する。
何もわかっていないコイツにも、それでもコイツを忘れられない自分に心底苛々する。
体を捻ってこの男から逃げようともがいてみてもあんまり意味がないみたいで逃げられない。
「何そんなに怒ってんだよ!」
「っなんでわかんないの!」
悔しい…。
泣きたくないのに涙が止まらなかった。