好きだけじゃ足りない
「絶対…渡さないわ。」
「…伊織が私を捨てるなら、私は身を引きます。でもそれまでは…
私は自分の気持ちに正直に生きていきます。
だから円香さんも正直に生きてください。」
疑問は核心に、核心は確証に。
そう移り変わるのは凄く簡単な事だった。
「本当に愛してる人とじゃなきゃ幸せになんてなれないんです。」
「……私は…っ」
「嘘を付いてたら…自分が辛くなっちゃいます。だから…素直になってください。
私は円香さんにも幸せになってほしい。」
確かな本心だった。
円香さんを嫌いなわけじゃない。
ただ、ほんの少しだけ歯車が噛み合わなかっただけだから。
円香さんに小さく頭を下げて、背を向けたときに小さく小さく"ありがとう"と言う呟きが耳を掠めた。
それには答えず、ただ口許を緩めたままで長い廊下を歩く。
エレベーターで一階に降りて出入口である回転ドアから見える光りは希望なのか、それとも絶望なのか。