好きだけじゃ足りない

伊織は円香さんには何も言わずに、私の手を引いて早足で歩きはじめた。

手なんかに触れていたら円香さんに気付かれてしまいそうで、
それでも振りほどけないのは私が伊織を大好きだからだ。


エレベーターを使わずに3階まで上がって、使われていない会議室に押し込められた。



「……大丈夫か?」

「な、にがですか」

「敬語はやめろって。」


眉を寄せたまま、正面から見る強い眼差しを私は直視できなかった。

大丈夫かと聞かれれば大丈夫って私は答える。

でも、大丈夫じゃないよなって言われたら…大丈夫なはずないじゃん、って答える。


大丈夫なんかじゃない。

円香さんの言葉や視線、存在が、自分は伊織の妻だって主張しているみたいで。

全然大丈夫なんかじゃなかったんだ。



「メグ、強がるな。」

「……強がってなんかいない」

「嘘だな。お前…泣きそうな顔してる。」


私がもっと可愛いげある女だったら何かが変わっていたんだろうか。

三年前、泣いて喚いて…それこそ伊織に縋り付いていたら?

行かないで。
捨てないで。

そう縋り付いていられたら、円香さんの場所は私の場所になっていたんだろうか…。


でも、それは結局、結果論にしかすぎない事はわかっているから…今、伊織に縋るなんて私にはできっこないんだよ。



「俺は…メグだけだから。」


そう言って抱きしめてくれる伊織の背中に腕は回せない。

私や伊織がこうしている間に傷付く人は一人ではないはずだから。


私はそれだけの罪を犯しているんだから…。



出会いたくない再会はどこまでもきっと、続いていく…。






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