好きだけじゃ足りない



「ははっ、そんなに顔赤くしなくても…、
この女性は高波さんで印刷所の方だよ。

今はね…転びそうになった彼女を支えてただけだよ。」


爽やか(見えるだけ)な笑顔でペロッと嘘を言うコイツ。

誰がそんなわかりやすい嘘信じるんだろう。



「なるほど!英部長はお優しいですからね。

それより、社長がお呼びですよ。」

「ありがとう。

今日のスーツ似合うね、すごく可愛いよ。」


終始にこやかな言葉の応酬に私は口をあんぐりと開けて聞いているしかなかった。

――…誰、これ……この男…こんな紳士じゃないでしょ!

当たり障りのない褒め言葉を女性社員に言い、それはそれはもう爽やか(見えるだけ)な笑顔の伊織はただの詐欺師な気がしてならない。



「…………誰だこれ。」


いや、ほんとに…。
私といる伊織は紳士の"し"の字すらないような変態ドS。

なのに、今しがた出て行った人には…いや、会社では紳士な男で通しているらしい。



「有り得ない有り得ない有り得ない……変態が…ドSが…紳士とか有り得ない…。

詐欺!?」

「………詐欺なわけねぇだろーが。しかも酷い言われようだな、俺。」

「当たり前じゃん…私にもそれくらい紳士ならいいのに。」

「んじゃ、聞くけど。メグは今の俺が毎日いたらどうだ?」


今の伊織が毎日…?

………………キモい…。

駄目だ、キモい。有り得ない。



「キモいね。有り得ない。」

「俺も思う。
あれはただの外面。メグの前の俺は本当の俺。

それでよくねぇか?」


それは私に本当の伊織を見せてくれてるって事なんだよね…?

だとしたら、変態だろうがドSだろうが俺様だろうが…

本当の伊織が良い…かな。



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