好きだけじゃ足りない
ホテルのスウィートルームを出て、全速力でホテル自体から脱出する。
二度と、このホテルには来たくない。それだけが頭を占めた。
鞄から携帯電話を取り出して、表示を見れば思わず笑いが出てしまった。
"着信 13件"
"新着メール 4件"
どれも全部が伊織から。
時間を見れば数分前から二時間以上前まで。
時間を見て、私はかけ直す事ができなかった。
伊織が電話をくれた数件の時間帯、私は別の男に抱かれてた。
後ろめたい、よりは罪悪感。罪悪感よりは……暗闇。
――♪〜♪〜♪〜―
携帯電話を見つめたまま、自身をあざ笑えば、それをわかったように騒ぎ出す機械。
いつまでも切れる気配なんかなくて、仕方なく小さくため息を吐き出してから通話ボタンをゆっくりと押してみた。
『今どこだ?』
「――…なに、いきなり」
『どこにいる!?』
声を聞いただけでもわかるくらいご立腹な伊織に言葉が詰まってしまった。
"違う男とホテルでセックスしてた"
なんて言えない。絶対に、死んでも言いたくない。
『メグ、何処にいる?』
「………駅前…」
『今行く。そっから動くんじゃねぇぞ!』
ただそれだけを言って切れてしまった電話は虚しい機械音が延々と鳴りつづけている。
まるで、今の私みたいに…。