好きだけじゃ足りない


生理的に受け付けない男、如月専務は意味深な笑顔を残して私の前を去っていく。


――――…怖い、あの男が。



取り乱した心は表には出さずに契約書を交わしたり、挨拶回りをしたりと卒なく熟す。

それが、私だから。

こんなところで取り乱して喚き散らすわけにはいかないから。




「此処が総務課です。恐らく総務課が1番仕事多いので…」

「わかりました。」


印刷所はただ印刷するだけが仕事なわけじゃない。

印刷する前の原稿に目を通し、誤字脱字がないか、レイアウトの崩れはないか、色合いはどうか。

確認しながら仕事をしなければならない。

印刷物一つで会社の行方を左右する事すらあるくらいなんだから。



「総務の部長を呼んできますので此処でお待ちください。」


仲町さんはそれだけ言って、さっさと立ち去ってしまう。
総務課は女性社員よりも男性社員が圧倒的に多い。

ジロジロと見られるのはあまり好きじゃない。

と言うより嫌いだ。


―――…私はパンダじゃない。


見世物になった気がする。



「すみません、お待たせしました。



総務の英部長です。」


走って戻ってきた仲町さん。

その後ろに見えた影に私は視線を落としてしまった。
嫌な位に動揺している。今の私はいつもの冷静な自分なんてどこにもいない。


―――…どうして今、会うんだろう…。


会いたかった、それでも会いたくなかった。





ねぇ、伊織……。





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